ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

真夜中の結婚式

「隠れんぼをしましょう」
 とルチアは言った。
 エラルドとグレン。過去の夫と今の夫に共有されるようになった彼女は、近頃ますます色香を増して、以前には見せなかった奔放な一面を覗かせる。
「隠れるのは私で、二人が鬼よ。先に見つけた人とだけ、今夜は一緒に遊んであげる」
 五分が過ぎたら探し始めるよう告げたルチアは、夜着姿のまま寝室を抜け出した。
 残されたエラルドとグレンは、同時に顔を見合わせる。
「お姫様の気まぐれには困ったものだね」
「……本当にな」
 いびつながらに均衡のとれた三人での関係を続けて、一年と少し。
 これまでのルチアは順序を前後させて、どちらの相手もしてくれていた。エラルドに抱かれたあとはグレンに抱かれ、グレンに抱かれたあとはエラルドに抱かれる。
 それがここにきて、今夜は片方だけとしか遊ばない――もう一人は確実にあぶれる羽目になると宣言したのだ。
「俺は負けるつもりはない」
 グレンが瞳をすがめ、エラルドを見据えた。
「法的には、ルチアの所有権は俺にある。お前に対して二度と遠慮はしないと決めた」
「そうは言っても、勝負は勝負だからね。――あと三分だ」
 やがて時が至り、二人は部屋を出る。
 エラルドは右へ、グレンは左へと、互いに背を向けて廊下を歩き出した。

◆ ◆ ◆

 深夜の音楽室では、窓から差し込む月影が部屋を青く染めていた。
 エラルドは掃き出し窓を覆うカーテンをめくり、グランドピアノの下の空間を覗き込んだ。他に隠れられそうなところはなく、小さく息をつく。
(空振りか)
 昼間のルチアはよく、この部屋でピアノを弾いている。孤児院の子供たちに聴かせるため、腕が鈍らないよう熱心に。
 何度か一緒に慰問もしたが、子供たちを愛情深く見つめるルチアは、まさしく天使そのものだった。小さな子相手に大人げないと思いつつ、正直嫉妬するほどに。
 あの様子を見る限り、ルチアは我が子を腕に抱きたいのだろう。なかなか授からない赤ん坊の代わりに飼い始めた、二匹の犬への溺愛も相変わらずだ。
 ――だが。
「子供なんて……やっぱり、産ませるわけにはいかないな」
 エラルドは無意識に独りごちた。
 グレンには白状したが、エラルドはルチアの飲む香草茶に避妊薬の粉末を混ぜていた。
 赤ん坊にルチアを独占されたくないし、どちらの種かわからない子供が生まれてきては厄介だというのが、グレンに話した表向きの理由だ。
 けれど、本当は。
(グレンの子なら、まだいい。だけど、僕の血を引く子が生まれてきたら……きっとろくな人間にならない)
 亡き母の悪しき部分を、自分は明らかに継いでいる。
 外面ばかりを取り繕い、自身を善人だと信じ込んで、己の弱さや醜さを自覚した途端、精神は脆くも壊れてしまう。
 母のエドナは自ら命を絶つことで、その醜態にけりをつけた。
 けれどエラルドは戦場からしぶとく戻ってきて、壊れたまま生きるために、ルチアを道連れにした。すでに彼女の夫となっていたグレンをも巻き込み、まっとうな人生を踏み外させた。
 自分のせいで狂わされる被害者は、彼ら二人だけで充分だ。
 エラルドはピアノに近づくと、鍵盤の上に手を滑らせ、戯れに三つの音を鳴らした。
(――僕と、ルチアと、グレンみたいだ)
 でたらめな和音は不穏に歪んで、ざらりとした余韻が耳に残った。

◆ ◆ ◆

 厨房にやってきたグレンは、竈の埋み火を使って手燭を灯した。
 小さな明かりで、ひとしきり周囲を照らす。調理台の陰や食料貯蔵庫も覗いてみたが、求める姿はなかった。
 すでにいくつかの心当たりを巡ったものの、どこにもルチアはいない。
 こうしている間にもエラルドが彼女を見つけ、二人きりで淫楽に耽っているのではないかと思うと、ひどく肝が焼けた。
 ここに来ると思い出すのは、エラルドの訃報を受けたルチアが、虚ろな目でクッキーを作り続けていた光景だ。
 クッキーの他には、スコーンやショートブレッド。それから、エラルドの好物のジンジャープディングも。
 グレン自身は甘いものが苦手なので、ルチアの菓子を口にしたことはほとんどない。気をきかせて砂糖を控えめにしてくれたものでさえ、胸やけが避けられない。
 この体質が、昔からずっと恨めしかった。
 エラルドにとってのジンジャープディングのように、ルチアが自分だけのために作ってくれたものを味わえたらよかった。
(……いや、そうじゃない)
 グレンは首を振り、思い直した。
 本当に欲しいものは菓子などではなく、グレンだけに向かって微笑むルチア自身だ。
(それに――ルチアそのものが、もう充分に甘い)
 冷静に考えれば錯覚なのだろうが、ルチアの体に舌を這わせるたび、グレンは得も言われぬ甘さを覚える。砂糖とも蜂蜜とも違うその味だけは、延々と舐めていられる。
 ルチアの汗。唾液。涙。密やかな泉からじゅんじゅんと分泌される愛液。
 すべてを啜り尽くすつもりでいても、きりもなく湧き出すあの液体は、何に喩えようもない極上の甘露だ。
(他に、ルチアの行きそうな場所はどこだ……?)
 考えて、グレンはふとひらめいた。
 隠れる場所は家の中とは限らない。――もしかしたら。
 グレンは厨房を出て、勝手口に回った。外に続く扉を開けると、夏の夜の熱気がむっと頬を撫でた。
 足早に向かった先は、噴水のある中庭だ。
 子供の頃、三人でよく遊んだ場所。幼いルチアを間に挟んで、エラルドとグレンが絵本を読んでやった木製のベンチ。
 果たして、そこにルチアはいた。
 隠れんぼだと言っておきながら、身を潜めるつもりもないように、ベンチの上で膝を抱えている。白い夜着が闇にぼんやり浮かんで、遠目には幼い少女の幽霊のようだ。
 グレンが近づいていくと、ルチアは顔を上げた。
 勿忘草色の瞳を細め、ほのかに染まった頬を嬉しげに綻ばせた。
「「――見つけた」」
 声が揃った。
 はっとして振り返れば、そこにはエラルドが立っていた。ルチアに意識を奪われるあまり、いつからいたのかまったく気づいていなかった。
 ルチアが肩を揺らし、くすくすと笑った。
「見つかっちゃった。意外と早かったわね」
「隠れんぼの舞台は屋内だけなんて決まりはなかったからね。そういえば、昔はここでよく遊んだなって思い出して」
 グレンはひそかに歯噛みした。
 半分しか血が繋がっていないとはいえ、やはり兄弟だ。思考の流れがまるで同じだ。
「この場合、勝負はどうなるの?」
「二人が同時に見つけたんだもの。引き分けよ」
「だったら――」
 今夜もいつもどおり、三人で交わるということか。
 尋ねかけて言葉を切ったグレンに、ルチアはにこりとして頷いた。
「そう。今夜も三人で遊ぶの。だけどね……」
 ルチアは夜着の裾をたくしあげ、立てた膝を開いた。
 最初のうち、その奥がどうなっているのかは影になっていてわからなかった。
「っ……!」
 気づくなり、グレンは息を呑んだ。秘められたそこから目を離せず、まじまじと凝視してしまう。
「準備をね……してたの……こんなことになるかもって……」
 ルチアは息を乱し、蜜洞に突き立つものをゆっくりと抜いた。
 ぶちゅっ……と卑猥な音を立てて引きずり出されたものが、立て続けに地面に転がった。
 ぬらぬらとした蜜を纏って光る、赤瑪瑙と鼈甲の塊。
 ――男の陽根を模した張形が、二本。

◆ ◆ ◆

 唖然とするグレンを見上げ、ルチアは下唇を浅く舐めた。
 我が身ながら、女性の体というのはすごいものだ――と思う。
 赤ん坊を産む場所なのだから、それだけの伸縮性があることは頭で理解していたけれど。時間をかけて丹念に解せば、この一年で種類を増やした性具を二本も呑み込んでしまえるなんて。
「昔、ここで結婚式ごっこをしたわよね。牡丹蔓の冠を作ってもらって、長いヴェールを引きずって……」
 思い返せば、すべてはあのときから始まった。
 どちらのことも等しく大事で、どちらかを諦めることなど考えられなくて。
「先に私を見つけた人とだけ遊んであげるって言うのは、嘘よ」
 ルチアは小さく肩をすくめた。
「意地悪を言ってごめんなさい。二人がどう反応するのか興味があったの。……だけど、エラルドは最初から抜け駆けをする気なんてなかったのね」
「ばれてた?」
「ええ。先に着いたのに木の陰に隠れて、グレンが来るのを待ってたでしょう? やっぱり弟思いの優しいお兄さんね」
「その分、ルチアがいやらしい一人遊びをしてるところ堪能させてもらったから」
「エラルドったら、悪趣味だわ」
「ルチアこそ。僕に見られてると知ってたから、興奮してあそこを濡らしてたんだろう? あんなものを二本も突っ込めちゃうくらいに」
「待て……待て、なんなんだ、これは……」
 混乱したように呻くグレンの背中を、エラルドが前に押しやった。
「ルチアがなんのために、あんな準備をしてたと思うの? 僕とお前が揃ったんだから、望みを叶えてあげないと」
「望み……?」
「結婚式だよ。誓いの儀式だ」
 さすがにエラルドは勘がいい。
 ルチアは嫣然と微笑むと、二本の指で濡れた花唇を押し広げた。
 埋めてくれるものをなくした蜜洞が、早くも物足りなさを訴えて疼いている。
 ふたつの張型を咥え込んでいた女の口が、欲深さを露呈するように、桃色の襞を見せつけてひくひくしていた。
「エラルドとは結婚式をしたけど、グレンとはしてないわ。――だから、やり直すの。今度こそ三人で、ずっと一緒にいられるように」
「おいで、ルチア」
 エラルドに手を引かれ、ルチアは立ち上がった。懐に抱き込まれると、間を置かずに口づけられた。
「ん……っ、ふ……」
 口腔を舐め上げられ、それだけで新たな蜜が垂れるのを感じる。
 口蓋をちろちろとくすぐりながら、膨張したものを取り出したエラルドは、ルチアの片脚を抱えて狙いを定めた。
「いくよ――」
「んっ……あ! ぁああああっ……!」
 膣道をせり上がってくる硬いものに、全身がぞくぞくした。
 数えきれないほど交わっていても、その相手がどちらでも、最初の挿入の瞬間は鮮烈な快感に打たれてしまう。
「いつもはきゅうきゅうだけど、今日は柔らかいね……あれだけ広がっちゃってたし、まだ余裕があるって感じ?」
 ルチアの体を揺さぶりつつ、エラルドが目を向けたのは、呆然と立ち尽くしているグレンだった。
「何してるの? 僕だけにルチアを譲る気はないんだろう?」
「だが……」
 躊躇うグレンに、片脚立ちのルチアは、不自由な体勢で腰を振るようにして誘った。
「ね……グレンも来て……」
「駄目だろう――お前の体が壊れてしまう」
「大丈夫……見たでしょ? 私が、どんなに欲張りか……やぁあんっ……!」
 話しながらエラルドに奥を突かれ、ルチアは喉を反らせて嬌声を放った。
 エラルドの自殺未遂をきっかけに、二人の妻になることを己の意志で選んだ日から。
 三人での戯れを続けるうちに、心を覆う常識や理性は、花弁が散るように剥がれ落ちていった。
 もっともっと、いやらしくて気持ちのいいことがしたい。
 人の倫から外れた禁忌の快楽を知りたい。
 いまさらまともには戻れない以上、どうせなら行きつくところまで。
「お願い、グレン……早く、早くぅっ……!」
 息も絶え絶えに訴えると、蕩けた眼差しに絡め取られたように、グレンが足を踏み出した。
 ルチアの剥き出しの尻に触れ、そろそろと恐れるような手つきで、兄のものが刺さった周囲を撫でる。
「ここに……エラルドと一緒に、か……?」
 前と後ろにそれぞれの欲望を受け入れたことは何度かあるが、同じ孔に二本というのは初めてだ。
 本当に入るのかを確かめるべく、グレンの中指が思い切ったように突き立てられた。
「んんぅ……っ」
 指一本とはいえ、圧迫感が明らかに増す。後孔側の粘膜をぐちぐちと押し回されて、腰がぶるるっと震えてしまう。
「あん、ぁあ! はっ、ふぁあ……っ!」
 痛がるどころか、随喜の涙を流して感じ入る姿に、グレンの表情から戸惑いの気配が引いていく。内部を広げる指は二本、三本と増やされて、ルチアは発情した猫のように喘いだ。
「ぁあ、いい、いいの……やぁああっ……!」
「まだ達っちゃ駄目だよ。グレンも入ってくるまで我慢して」
 あやすようなリズムで腰を揺すりながら、エラルドはルチアの肩ごしに弟を諭した。
「いい加減、素直になりなよ。一人だけ常識人ぶってても、そこは立派に勃ってるし。仲間に入りたくて仕方ないんだろう?」
 煽られて、グレンの頬がかっと赤くなる。指摘のとおりに窮屈な屹立を解放すべく、もどかしげに脚衣の前を開いた。
「……入れるぞ」
 開き直ったように傲岸な響きの声だった。
 潤沢な愛液の助けを借りて、兄とは違う弟の熱が、ぎちゅっ……と後ろから割り込んでくる。
「ぁ、ひ……はぁぁああ……っ!」
 ――二人の肉棒が、同時にルチアを犯す。
 かつてない充溢感に、たちまち気が遠くなりかけた。
 そうはならなかったのは、馴染ませる間もなくばらばらの抽挿が始まったから。殴りつけるような快感に意識が引き戻されたせいだ。
「は……これは、さすがにきついね……――」
 顔をしかめたエラルドが、ルチアの臍裏を小刻みに突く。
 一方のグレンはルチアの腿裏に手を回し、小柄な体を抱え上げると、杭を打つように野太いもので貫いた。
「いぁあああ……っ……!」
 兄弟の間に挟まれたルチアは、悲鳴をあげて爪先をぶらぶら揺らす。重力に引きずられる体をどちゅどちゅと突き上げられるたびに、目の奥で白い火花が散った。
「あぁっ……うれし……おなか、いっぱい……ふたりのでいっぱい、うれし、のぉ……」
 舌足らずな声が洩れて、ひぐ、ひぐっ、と喉が鳴る。涙腺がおかしくなったように、熱い涙がだらだらと噴き零れた。
「こうなったら、どれだけでも付き合ってやる」
 グレンがルチアの耳朶に齧りついて囁いた。
「俺と、エラルドで……ルチアの望むだけ、いつでも何度でもくれてやる……!」
「ああああっ、して……もっとたくさん、ごんごんしてぇ……!」
 子宮の口をふたつの亀頭でくじられ、ルチアは本能のままにねだった。
 尋常でない行為に興奮した男たちの欲芯は、普段よりも充血して膨らみ、狭い場所でごりごり擦れ合う。
 内側から腹を突き破られそうなのに、愛する二人を同時に食らい尽くす悦びは、言葉にならない多幸感をもたらした。
「……君には、どれだけ驚かされるんだろうね」
 エラルドが湿った息を吐いて呟いた。
「僕はルチアを苦しめて、奈落の底に引きずり込んだつもりだったのに……こんなふうに乱れる姿を見てると、もしかして君は不幸じゃないのかって思ってしまうよ」
 何を言われているのだろうと、ルチアは首を傾げる。
「私は、幸せよ……?」
 大好きなエラルドも、大好きなグレンも、どちらも諦めなくてよくなった。
 今となっては、何故最初からこうしなかったのかと思うし、この状況に導いたエラルドも、渋々ながら付き合ってくれたグレンにも感謝したいほどだ。
 エラルドは微笑んだが、その笑みはどこか寂しげなものだった。それでいて肉体の快感には抗えないのか、剛直は蜜洞をせわしなく行き来している。
「あっ、あぁあ、くる……いっちゃう……」
 怒張したものを交互に抜き差しされ、歓喜の予兆がぐんと近づく。
 じゅぷじゅぷと空気の混ざった音が響き、三人がひとつになった結合部は、溢れる蜜と先走りでどろどろだ。
「うん、僕も出ちゃいそう……グレンは?」
「合わせる」
 短く言ったグレンが、おくれをとるまいと動きを速めた。嵩張った雁首が膣壁を抉り、ルチアばかりか、擦れ合うエラルド自身をも刺激する。
「あんっ、ああ、いいの、すごいぃっ……!」
 二人の動きがひとつになり、恥骨が割られそうな衝撃に、ルチアは蜂蜜色の髪を振り乱して身悶えた。
「ぅあっ……く、……ごめんっ、もう……!」
 最初に限界を訴えたのはエラルドだった。
 目一杯に拡げられた最奥に向けて、どくどくと熱情を弾けさせる。
 絶頂に歪む彼の表情を見つめながら、ルチアもまた、うねるように襲ってくる快感の荒波に身を委ねた。
「いくっ、ぁあ、エラルドっ……グレンもぉ……っ!」
 宙に浮いた両脚を突っ張らせ、切ない声をあげて達する。
 狂おしい痙攣を起こす肉洞に引き絞られて、最後はグレンが精を吐いた。注ぎ込まれた二人分の白濁が、ごぷごぷと音を立てて混ざり合う。
「……これで……みんな一緒……ね……」
 ルチアはうっとりとして下腹部を撫でた。
 誓いのキスは三人同時にはできないけれど、エラルドとグレンの放ったものを吸収し、別々の体を持つ自分たちがようやく混ざり合った気がした。
 瞼を閉じたルチアの眼裏に、灼けつくような白い光が広がる。
 あの遠い夏の陽射し。
 無邪気に口にした業の深い望み。

『エラルドとグレン、私は両方と結婚したい! 二人のことが大好きだから、ねぇ、いい考えでしょう?』

 幼き日に交わした約束は、改めて果たされた。
 意識を失うルチアの耳元で鳴ったのは、牡丹蔓のヴェールが揺れる幻の音だった。

一覧へ戻る