ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

似たもの家族

 その日、ヴェインは未だかつてないほど緊張していた。
「ヴェイン、なんだかすっごく顔が強ばってるよ」
「別に緊張しなくても、うちの家族は大体ノアみたいな感じだから大丈夫だって」
 ガチガチになっているヴェインの左右に立っているのは、彼の恋人ノアとその兄のファルコである。
 今三人が立っているのは、ノアの実家の玄関先だ。
 半年ほど前に起きたとある騒動が落ち着き、ようやくできた時間でノアの故郷ヨルク国まで結婚の挨拶をしにやってきた。
 道中からずっと緊張しどうしのヴェインを見かねて「うちの家族はそんな厳しくない」とノアとファルコはなだめてきたが、それでもこの有様である。
「しかし、俺はこんな顔だし……」
 以前より呪いの痣は薄くなったが、それでも彼の顔はそもそも凶悪だ。
 目つきが悪いせいで、微笑んでいても柄が悪い。そんな自分がノアの家族に気に入られるかどうかと、彼は悩む。
 そのせいでより凶悪な顔になっていると、不意に玄関のドアが開いた。
 まだ呼び鈴を鳴らす前だったので、ヴェインはもちろんノアたちも驚く。
 そして開け放たれた扉の向こうには、ノアの両親を筆頭に家族が勢揃いしていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 その上、誰も彼もが沈黙し、ヴェインをじっと見つめている。
 無言の圧力に頭が真っ白になり、必死に考えてきた挨拶の言葉も気がつけば飛んでいた。
 そのまま長い沈黙が流れた後、まるで息を合わせたようにノアの家族たちが突然ヴェインの腕を掴む。
「……とりあえず、脱いでみてくれないか」
 響いてきたのは、あまりに場違いな言葉だった。
 その内容からしてノアの言葉のようだが、口にしたのは前に立つ一番年配の男である。
 もしやこれがノアの父親なのではと考えた瞬間、ヴェインの腕をノアの兄弟たちが引っ張った。
「そうだ、脱いでくれ」
「いや、服を着たままでもいいな」
「しかし作品にするならやはり……」
 などと好き勝手に話している。
 状況がわからず戸惑ったヴェインはノアに助けを求めようとするが、彼女もまた難しい顔で考え込んでいた。
 そして何を思ったか「よし」と気合いを入れている。
「この時間はサロンにいい光が差し込むから、そこで脱いでもらおうよ」
(いや、だから脱ぐってなんだ!? 俺は、何をされそうになっているんだ!?)
 そう叫びたかったが、彼女のご実家でいきなり取り乱すことなどできはしない。
 仕方なくファルコのほうを見ると、彼はニコニコしながら親指を立てている。
 たしかヨルク国では、この仕草は幸運を祈るという意味だった気がする。
 祈りはするが助けはしないと、ファルコは言いたいのだろう。
 見捨てられたような気分になるが、寄ってたかって腕を引かれ文句を言う暇もない。
 屋敷に引きずり込まれ、彼は結婚の挨拶をする間もなく、サロンへと連行されたのだった。

 そして長い時間が過ぎた後――。
「さすがに疲……れた……」
 客間のベッドに倒れ込み、ヴェインはうつ伏せのまま動けなくなっていた。
 もう朝方に近い時間だが、つい先ほどまで彼はノアとその家族に散々振り回されていた。
 サロンに引きずり込まれた彼を待っていたのは、ノアに負けず劣らず個性的な家族たちと、彼らのモデルになってほしいというお願いだった。
 お願いといっても言葉で乞われたわけではない。気がつけばモデル用の台の上に立たされ、周りをノアとその家族に囲われ「動くな」という視線を向けられただけである。
 だが普段からノアの扱いに慣れているヴェインは、彼らの視線一つで自分に求められていることがわかってしまう。
 その後も場所を変え、服を替え、ポーズを変えながら散々モデルをさせられ、気がつけばこんな時間であった。
 そして最後に、お休みの挨拶と共に「ようこそ我が家へ」と全員から言われ、ようやく解放されたという次第である。
「うちの家族、みんな怖くないでしょ?」
 倒れたヴェインの側に座り、そう言ったのはノアだった。
「確かに怖くはなかったが、何というかその……ノアに似ているな」
「そうかな?」
「すごく似ているよ」
「でもみんな、作るものは全然違うよ」
 確かに同じ画家であるノアと彼女の父の絵だけを見ても、その雰囲気は違った。
 そのほか彫刻や粘土などの立体造形はもちろん、詩や小説や音楽などノアの家族たちはそれぞれ別の芸術に秀でている。
 最近では写真を始めた者までいるらしく、大きな機材を向けられたときはさすがに驚いた。
「しかしまさか、全員に取り囲まれるとは思わなかった」
「ヴェインって創作意欲を刺激するんだよね」
 それはノアだけかと思ったが、どうやらこの一家は感性が似ているらしい。
「でもこれから父親になる人に絵を描かれたり、母親になる人に自分をモチーフにした詩を朗読されるのは、結構恥ずかしいな……」
 その上、明日もまたぜひモデルになって欲しいと頼まれている。
(まあ、気に入られているのならいいか……)
 いきなり「お前のような男にお前に娘はやらん!」と言われることも覚悟していた身としては、受け入れられたことにはほっとする。その受け入れ方は、少々独特だが。
(ひとまずよかったと思おう、そうしよう……)
 などと考えていると、隣に座っていたノアがヴェインの隣にごろんと寝転がる。
 それどころか「よいしょ」と彼の腕を持ち上げ、その下に入り込んでくる。
「ノア、あまり近づかれると君に触れたくなる」
「駄目なの?」
「ま、まだ正式に結婚の申し込みをできていないし、ここは君の実家だし……」
「でもこれ、使いなさいってお母さんたちから渡されたよ」
 言うなり出てきたのは、まさかの避妊具である。
 居たたまれない気持ちになって、ヴェインは顔を手で覆う。一方ノアは、全く頓着していなかった。
「今日はこれを使いなさいって」
「部屋に来る前、ご家族と話しているかと思えばそんなことを……」
「あと早く孫を見たいけど、お腹が大きくなると用意したドレスが入らなくなるから避妊はしなさいって言われたよ」
「ま、待ってくれ……ドレス……!?」
「お母さんもお父さんも、用意が無駄にならなくてよかったって喜んでたよ」
「用意していたということは、お二人はこの結婚に前向きなのか?」
「だと思う。家族は私が一生結婚できないって思ってたから、嬉しがってるみたい」
 今日彼らが作った作品からも、ノアを選んでくれたヴェインに対する「ありがとう」という感情が滲み出ていたと、彼女は笑う。
 奇抜すぎる作品も多く、その気持ちをヴェインは正しく読み取れなかったが、彼女がそう言うのなら事実なのだろう。
「そ、そうか……。ならよかった……」
「だからね、今夜はいっぱい触っていいよ」
 言うなりキスをしてくる未来の妻に、もはや待てなどできるわけがない。
 明日、ファルコあたりにからかわれそうな気がしたが、知ったことかとヴェインはノアを抱き寄せる。
「では明るくなるまで、君を愛そうか」
「明るくなっても大丈夫だよ。うちはみんな夜型だから、お昼過ぎまで起きてこないんだ」
 無邪気な笑顔を向けられて、ヴェインの理性が瓦解したのは言うまでもない。

【了】

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