ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

渡せなかった贈り物

「わぁ〜……」
 ジョーダンは、目の前に広げられた贈り物の山を見て、目を輝かせた。
 よく分からないけれど、「おとたま」がジョーダンにくれるらしい。
 そこには大きいぬいぐるみや、丸くて何かが書かれているクルクル回るもの、積み木のようなパズル、絵本などがあった。
 ジョーダンはそれらをじっと見つめた後、傍に立つ「おとたま」を見上げた。
「おとたま」はこちらを不安そうな目で見ていた。
 ジョーダンはその目が苦手だった。なんだかピリピリしていて、怒っているような感じがするからだ。
 だから、「おとたま」がそんな目をすると、怖くていつも泣いてしまっていた。
 だけど、ジョーダンはもう平気だ。
 大好きな「ナットおじさん」こと「なっと」が言っていたからだ。
『お父様は、ジョーがエンエンするのが怖いんだよ。ジョーのことが大好きで、エンエンしてほしくないのさ。だからジョーが泣くんじゃないかって心配で、いつもお父様の方がエンエンしそうなんだ。可哀想だろう?』
そう教えてくれた「なっと」は、困ったように微笑んでいた。
 相手がエンエンするのが嫌で、自分がエンエンしたくなる……確かに、その気持ちはジョーダンも分かる。一度、温室でクロちゃんのしっぽを踏んづけてしまったことがあるのだが、その時クロちゃんは大きな声で「キーッ!」と鳴いて、一目散に高い木の上に逃げて行った。それからずっとジョーダンを警戒して、傍に来てくれなくなってしまったのだ。
『クロちゃんはエンエンしてるから、今はそっとしてあげましょうね』
 と「おかたま」は言っていたが、ジョーダンはクロちゃんを抱っこしたかった。尻尾を踏んだのはわざとじゃなくて、ごめんなさいと謝って、尻尾をなでなでしたかった。それなのにクロちゃんが木の葉っぱの中に隠れて出てきてくれなかったから、ジョーダンもエンエンしたくなったのだ。
 あの時確かに、クロちゃんがエンエンするのが嫌で、ジョーダンもエンエンしたくなった(し、実際にエンエンした)。
 だから、ジョーダンは「おとたま」に訊いてみた。
「おとたま、えんえん、しゅりゅ?」
「えっ?」
 ジョーダンの声が聞こえなかったのか、「おとたま」は驚いたように目を丸くする。
 ジョーダンは聞き返されるのがあまり好きではない。一生懸命喋っているのに、ジョーダンの言葉は伝わりにくいとでも言うのか、大人はよく聞き返してくるからだ。失礼しちゃう。
「おかたま」や「なっと」だったら絶対に聞き返したりしないのに。
 ジョーダンはムッと唇を尖らせたものの、これは「おとたま」だから仕方ないと、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「おとたま、えんえん、しゅりゅの?」
「え、エンエンはしないよ。大丈夫だ」
 ジョーダンがムッとしているのが伝わったのか、「おとたま」は慌てたように首を振ってぎこちなく笑う。ちょっと変な笑い方だなぁと思うけれど、まぁいいかとジョーダンも笑った。「おとたま」は笑うのもへたくそだと、「なっと」が言っていたのだ。
『君のお父様は、子どもと遊ぶのも、笑うのもへたくそだけど、一つだけ得意なことがあるんだよ。それはね……』
そう教えてくれた「なっと」の顔は、少しだけ目の前の「おとたま」に似ている気がする。
「どうしてエンエンすると思ったんだ?」
「なっとがねぇ、いってたの」
「ナットおじさんが?」
「ん。おとたま、だっこぉ」
「おとたま」はまだ納得のいっていない顔をしていたが、ジョーダンはもうこの会話に興味が失せた。両手を伸ばして抱っこをせがむと、「おとたま」は嬉しそうに微笑んですぐさま屈んで抱き上げてくれた。
「おとたま、あっちいこ」
 部屋のドアを指して言うと、「おとたま」は驚いたように「えっ⁉︎」とジョーダンの顔を見た。もう飽きたのだから、この部屋にいても仕方ない。ジョーダンは頭の中で、この間「なっと」に読んでもらった絵本を思い浮かべた。
「あら、ジョーダンったら。お父様がくれたお土産は見なくていいの?」
 少し焦ったような「おかたま」の声もしたが、ジョーダンは「うん」と即答する。
 リビングのソファの上に並べられたそれら「おみやげ」は、ザッと見たけれど全然おもしりくなさそうだった。それよりも、今は絵本が読みたい。
 ジョーダンの言葉に、目の前の「おとたま」の表情がみるみる沈んでいく。
 すると「おかたま」が焦ったように「で、でも、この地球儀なんて素敵よ! ほら、このぬいぐるみだって、おサルさんなんて珍しいわね! ぬいぐるみ、好きでしょう?」とお土産を掲げて見せてくるが、ジョーダンはプイッと横を向いた。
「いやない。すきくない」
 そう返事をすると、さらに「おとたま」が悲壮な表情になっていく。
「ジョ、ジョーダンぼっちゃまは、少し前まではぬいぐるみがお好きだったのですが、今は汽車のオモチャに夢中でいらっしゃるので……」
「そ、そうですよ! 少し前なら、大喜びされたに違いありません!」
 執事やメイド長といった使用人の大人たちが、慰めるように必死に「おとたま」に声をかけているが、「おとたま」は半分涙目になっている。
「……そうだな……、全ては渡すタイミングを逸した、間抜けな私が悪いのだ……」
 今にも泣きそうな声で言うから、ジョーダンはやれやれと思う。
 やっぱりエンエンするじゃないか。
 ジョーダンは「おとたま」がエンエンするのは見たくない。
 なぜなら、「おとたま」が大好きだからだ。
 だからジョーダンは、「おとたま」の首に抱きついて言った。
「おとたま、えんえん、しなーいよ。じょーが、ごほん、よんであげるからねぇ!」
 ジョーダンが泣くと、「なっと」はいつもご本を読んでくれる。だからそう言ってみると、「おとたま」は目を見開いて笑顔になった。
「……! ジョーダンが、私に読んでくれるのか……?」
「ん〜、おとたま、よんで、いいよぉ」
 よく考えてみれば、ジョーダンはまだ字が読めない。
 好きな絵本の内容は覚えているから、読んでやれないことはないけれど、やっぱり誰かに読んでもらう方が好きだ。
 それに、「なっと」が言っていたのだ。
『君のお父様は、絵本を読むのがとっても上手なんだよ。今度読んでもらうといい』
「おとたま、ごほん、よんで?」
 ジョーダンのおねだりに、「おとたま」はとても嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、いいとも。たくさん読んであげるよ」

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