ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

新婚夫婦の夜の一幕

「長い間、本当にお世話になりました」
 サリエは深々と頭を下げた。
 六歳から十八歳までの日々を過ごした、神殿の応接室で。
 目の前には、サリエが子供の頃から面倒をみてくれた年上の聖女が座っている。
 三十代半ばの彼女は、名をイリーンといった。真面目で人望が厚いことを買われ、今は以前の神殿長に代わって聖女たちを束ねている。
 リュークに攫われて図らずも出奔することになったのち、神殿の門をくぐるのは今日が初めてだ。
 あれから二カ月が過ぎ、新たな神殿長となったイリーンに、改めて神殿を去る挨拶を述べにきたのだった。
「本当に聖女をやめるのね。あんな事件もあったし、無理はないかもしれないけど……」
 イリーンは寂しそうに呟いた。
 カナリーの逆恨みにより危うく命を落とすところだった事件については、誰からともなく広まってしまっているようだった。
「リュークのそばで守ってもらうのが一番いいわ。神殿での籍も抜かずにいられたらよかったけど、そういう前例はまだないから――結婚おめでとう、サリエ」
 サリエがここで暮らし始めたとき、イリーンはすでに二十歳を超えていた。右も左もわからない少女の世話を、彼女はほとんど母親代わりのようにこなしてくれた。
 そんな日々を思い返すと、お互いにしんみりせずにはいられない。
 潤む瞳を誤魔化すように瞬きし、サリエはあえて明るく言った。
「神殿を出ても、癒しの能力が失われるわけじゃありませんから。もし許されるなら、野良聖女として奉仕活動は続けたいと思っています」
「野良聖女って……」
 イリーンはぽかんとし、それからくすくすと笑い出した。
「そうね。そういう道もあるかもしれない。これからは神殿や聖女の在り方を、少しずつ変えていってもいいのよね。それこそ、還俗前の聖女が結婚や出産をしてもいいのかもしれないし」
「そうですよ。テオドール様もお力を貸してくださるようですし、頼れるところはどんどん頼っちゃってください」
 カナリーとの婚約を破棄したテオドールは、政に真摯に向き合うようになっていた。
 自分の軽薄な態度がカナリーを追い詰め、事件を起こさせたという自責の念は、多少なりともあるらしかった。
「そうさせてもらうわ。――ところで、サリエ。あなたの部屋に残っていた物をまとめてあるから、持って帰ってもらえるかしら」
 イリーンが指し示したのは、二人の間にあるテーブルの上に置かれた、ひと抱えほどの大きさの籠だった。
 肌着などが入っているからか、中身が見えないように布がかぶせられている。細やかな心遣いに感謝し、サリエはまた頭を下げた。
「お手数をかけてすみません。……どうしましたか?」
 そう尋ねたのは、イリーンが落ち着きなく目を泳がせ、膝の上で両手を何度も組み直しているせいだった。
 何かを言いたそうに口を開いては閉じ、開いては閉じして、結局は首を横に振る。
「……なんでもないわ。これからもリュークと仲良くね」
 念を押すように言われたサリエは、きょとんとしながらも「はい」と頷き、第二の実家ともいえる神殿での生活に終止符を打ったのだった。

◆ ◆ ◆

 その晩のことである。
 オルスレイ侯爵邸の廊下を、リュークは足早に歩いていた。
(今夜も遅くなってしまったな)
 こめかみに疼痛を覚え、指の先で揉み解す。朝から晩まで書類仕事に忙殺されていたせいで、目の奥がちりちりした。
 父と兄が病に倒れて屋敷を去り、当主の座が急遽回ってきたため、こなすべき務めは無限にあるのだ。――自分で仕組んだことだから、文句を言うつもりはないが。
(サリエとの結婚式の段取りも、そろそろ詰めていかないとな。ウエディングドレスの試着にはすべて立ち会うと決めているし……)
 楽しみな予定を考えると疲れも薄れていく。
 すでに籍は入れているが、挙式はまだ先だった。清楚なサリエには白いドレスがこの上なく似合うと思うが、ひとくちに白といっても、その色合いは様々だ。
 燦然と輝く純白か、温もりを感じられる生成りか、深みのある象牙色か――花嫁本人よりも熱心に吟味する己を想像し、苦笑したところで、夫婦の寝室に辿り着く。
「俺です。入りますよ、サリエ」
 ノックをして待ってみるが、返事はなかった。
 眠ってしまったのだろうか? と思いながらドアノブを回すと、オイルランプの明かりはまだ灯っている。
 広い寝台の上で、寝間着姿のサリエが頭を抱えてうずくまっていた。
「サリエ!?」
 具合が悪いのかと、リュークは慌てて駆け寄った。
 肩に手をかけて揺さぶると、サリエはのろのろと顔をあげ、我に返ったように呟いた。
「ああ、リューク……お疲れ様。今何時?」
「もうすぐ十二時ですが、大丈夫ですか? 今日は神殿に行くと言っていましたが、そこで何か?」
 やはり自分もついていけばよかったと、リュークは歯噛みした。
 聖女と騎士が恋仲となり、務め半ばにして俗世に戻ることは、今の神殿の制度からすれば大罪といってもいいほどだ。
 二人で行くと余計な反発を招くかもしれないとサリエが言うので、迷った挙句に彼女だけを行かせた。自分はまた日を改めて挨拶に出向くつもりだったが、やはりサリエを一人にさせず、彼女の盾となるべきだった。
「こんなに暗い顔をしているということは、やはり何かあったんですね。イリーン様は理解のある方だと思っていましたが、見込み違いでしたか……」
「違うの。イリーン様は、『リュークと仲良くね』って言ってくださったのよ」
 険しい顔になるリュークを宥めるように、サリエは言った。
「ただ、何か含みがあるような気がしたのよね。なんだろうって思いながら帰ってきて、わかったわ。――あれよ」
 サリエが指差したのは、寝台脇のナイトテーブルに置かれた籠だった。
 事情がよく呑み込めないが、落ち込みの原因はそこにあるようだ。
「見てもいいんですか?」
「いいわよ。……どうせリュークは初めてじゃないし」
 どういう意味かと首を傾げながら、籠にかかった布を取り払って、リュークは嘆息した。
「あぁ――なるほど」
 籠の中身は、肌着と本と細々した雑貨類だった。
 神殿で支給される肌着だけなら問題ないが、鮮やかな赤や紫のスケスケした下着までも交ざっている。
 性描写たっぷりの官能小説や、裸の男女が絡み合う春画本もあったし、手錠や鞭といった物騒な小物までも入っていた。
 どれも、【二周目】の人生でリュークに嫌われようとしたサリエが買い集めたもの。彼女曰く、「ふしだら大作戦」の名残だった。
「これをイリーン様に見られたから落ち込んでいたんですね」
「部屋に置きっぱなしにしてたこと、忘れてたのよ。立つ鳥跡を濁さずっていうけど、濁しまくりよ。きっとふしだらな子だって思われちゃったわ……」
 サリエは再び寝台に突っ伏し、うううと呻いた。
 イリーンはサリエよりもずっと年上だが、十歳にならない頃から神殿生活を送っていたはずだ。男女のことに関する知識も免疫も少ないだろうから、妹分のサリエが破廉恥な品々を隠し持っていたことに、衝撃を受けたに違いない。
「まぁ、テオドール様にも見られた張形がなかっただけ良かったのでは?」
「あんなもの見つけたら、イリーン様は卒倒するわ!」
 サリエは悲鳴のような声をあげ、足をばたつかせた。
 なお、あの淫具はリュークがまだ持っている。機会があれば使いたいと思っていたが、それよりも今は――。
「過ぎたことを気にしても仕方がありませんよ」
 リュークは身をかがめ、項を覆うサリエの髪を掻き分けて、細い首筋に口づけた。
 びくっとする彼女の背中を撫で下ろせば、サリエはそれだけで息を甘く震わせた。
 その隙を逃がさず、寝間着の裾をめくり上げ、下着の脇から手を入れて敏感な場所に指を這わせる。
「ふしだらだと思われてもいいじゃないですか。実際、サリエのここは、こんなふうにいやらしいことをされるのが大好きでしょう?」
「んっ……ん……ぁ……リュー、ク……」
 少し弄るだけでそこは熱く潤み、花弁が綻び始めた。狭い蜜孔にくぐらせた指で中を掻き回してやると、くちゅくちゅと淫らな音が鳴る。
 頬を桃色に染めて喘ぐサリエが、うつ伏せのままリュークを振り仰いだ。
「今夜も遅いのに、またするの……?」
「こんなに濡らしているのに、しなくていいんですか?」
「……意地悪」
 拗ねて顔を伏せてしまうサリエが、可愛くて可愛くて仕方がない。
 結婚式こそまだでも、自分たちはすでに夫婦だ。毎晩のように裸で睦み合うことを繰り返し、互いの肌はもうすっかり馴染んでいる。
 サリエの悦ぶ抱き方も熟知しているつもりだが、新たな刺激はいくらあってもいい。
 サリエの秘処をあやしながら、リュークは逆の手で春画本を開いた。古来から伝わる男女のまぐわいの形が、極彩色の絵図とともに解説されているものだ。
「今夜は、この体位から試しましょうか」
「試すって……――え?」
 サリエが戸惑っている間に、リュークはズボンのベルトを外した。
 怒張したものを取り出したのちに、サリエの下着もするりと脱がし、後ろから覆いかぶさって挿入を試みる。
「ぅうん……っ!」
 サリエの腰が落ちているのでやや難儀したが、奥までしっかり繋がった。温かい場所に自身を埋めきると、すぐさま果ててしまいたいほどに気持ちがいい。
 しかし、今夜はこれだけでは終わらないのだ。
「図の通りにするのなら――こうですね」
 本に目をやりながら、リュークは絵の中の男女と同じ体位をとった。
 サリエの片脚を持ち上げて大きく反らし、開いた股間に肉の楔を奥まで穿つ。ぴんと伸ばされたサリエの脚が、さながら燕の尾羽のようだ。
「深い、な……これは……」
「やぁぁあっ!?」
 猛ったものでごりごりと中を摩擦すると、サリエは高い嬌声を放った。
 こんな曲芸のような形で交わったことは一度もないのだ。思いもしない場所が擦れるせいか、不安そうに顔を歪めているのに、肉の壺はぎゅうぎゅうと雄茎を食い締める。
 リュークのほうも、本来は上向きにしなる肉棒を押し下げられる感覚があり、その窮屈さも悪くなかった。ぬかるんだ場所に抜き差しするたびに背筋が痺れ、荒々しい欲望に身を任せてしまいたくなる。
「ぁあ、は……っん……ぁぁあ……」
 剛直をずちゅずちゅと打ち込むうちに、サリエの唇が半開きになり、瞳が陶酔の色に染まる。
 はだけた寝間着の胸元から乳房が覗き、その頂は摘んでほしそうにこりこりと赤く実っていた。
 やがて快楽の極致に至った体はふつふつと玉のような汗を噴き、リュークを食らう場所がリズミカルに収縮した。
「ううっ、んん……ふぁっ! ああぁ――……!」
(っ……なんて締めつけだ……)
 うねる襞に包まれて、危うく持っていかれるところだった。
 唇を噛んでやり過ごしたリュークは、ぐったりとしたサリエの四肢を摑んで、新たな体位に導いた。
「次はこうです」
「や……また、こんなおかしな……っ」
 結合は解かないまま、焦るサリエを横向きに転がし、細い腰を下から支える。
 折りたたまれた膝を抱え、サリエの下半身をゆらゆらと揺さぶると、その様子はまるで水上に浮いた橋のようだった。
「あぁ、あ、んっ、やああ……!」
「これはこれで面白いですね」
 激しく律動するには向かないが、円を描くように腰を動かし、男根と蜜襞が擦れ合う感触をじっくりと愉しめる。
 みちみちと絞りたててくる媚肉を執拗に押し捏ねるうち、爛れるような摩擦感に、サリエは再び極まってしまったようだった。
 喉を反らし、髪を振り乱しながら、切羽詰まった声をあげて腰をがくがくと震わせる。
「またいっちゃうっ……あぁっ、いくぅ……――!」
「っ……――く!」
 二度目の絶頂に巻き込まれ、今度はリュークも堪えきれなかった。
 腿と臀部の筋肉が硬直し、痙攣が走ると同時に吐精する。
 暴れるように跳ねた肉棒が、びゅっびゅっと白濁液を放ち、強い酒をひと息に呷ったような酩酊感に襲われた。
「すみません、出てしまいました……せめて三つは試したかったんですが」
 言い訳をするならば、初めての体位が新鮮で刺激が強すぎたのだ。
 気だるそうに身を起こしたサリエが、溜息をついてリュークを睨んだ。
「……どうして勝手なことばかりするの?」
 正面から叱られ、リュークは「すみません」とうなだれた。
 春画の真似をしたことを怒られているのかと思ったが、サリエは本を指差し、覚えの悪い犬を諭すように言った。
「こういうことがしたいなら、最初からそう言って」
「……は?」
「いきなりあんな格好させられたらびっくりするし、脚が攣るかもしれないでしょ? こっちはリュークみたいに頑丈じゃないんだから。事前に相談してくれたら慌てないですむし、準備体操だってできるじゃない」
「つまり……新しい体位を試すこと自体は構わない、と?」
「別にいいわよ。――悪くはなかったから」
 恥ずかしそうに下を向くサリエに、愛おしさとおかしみが込み上げる。
「ちなみに、サリエが次に試してみたい体位はありますか?」
「次に? ええと、そうね……」
 頬を赤らめつつ、真剣に本をめくり始めるサリエを、リュークは堪らずに抱きしめた。
「えっ、何!?」
「いえ。やはりあなたは最高の伴侶だと感じ入っているだけです」
 清楚で愛らしいのに、夜は淫らで好奇心旺盛で。
 調子に乗りがちな自分を、きちんと飼い慣らしてくれて。
 月並みな台詞をどれだけ繰り返しても足りないけれど、伝えずにはいられないから。 「愛していますよ、俺のサリエ」
「――私もよ」
 どちらからともなく顔を寄せ合い、舌を絡めるキスを交わすうち、欲望が兆した雄芯がまたしても張りつめる。
 節操のなさを笑い合って寝台にもつれ込んだ二人が、本に描かれた体位を完全網羅するのはさほど遠くない話だった。

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