寂しさを埋める方法
部屋に帰ると、愛おしい妻がもふもふに埋もれていた。
(……これは俺の戦装束か?)
オリヴェイラ自治領の領主として赴任してから半年がたった頃――、ヴェイグは視察のためにひと月ほど妻のオフィーリアと離ればなれだった。
結果、極度の欲求不満に陥り、城に帰るなりオフィーリアを抱く気満々だったヴェイグだが、穏やかな寝顔を見ればさすがに起こすのは忍びなくなる。
それに彼女が埋もれるようにしてくるまっているのは、ヴェイグが愛用している装束ばかりだ。
祖国ファルグの戦士団は、戦装束に様々な獣の毛を使う。ヴェイグが愛用するのは主に狼の毛――特に黒が多いが、今彼女が抱いているのは式典用に纏う白い物だ。
(やはり彼女には、白が似合う……)
いつか自分とお揃いの、戦装束をつくるのもいいかもしれない。
そんな思いを抱きながら、ヴェイグは妻の側に腰を下ろす。
戦場暮らしが長いオフィーリアは、人が側に寄ればすぐ目を覚ます。だが最近はヴェイグにだけ反応が鈍くなっている。
それを良いことに側に横たわって寝顔を見つめていると、オフィーリアが僅かに身じろぎした。
「……ん、んぅ……?」
寝ぼけた声があまりに可愛くて、ヴェイグの欲望が振り切れた。
毛皮ごと妻を抱き寄せ、いきなり唇を奪う。
「……ンッ、ヴェイグ……、ッ……!?」
驚いたようだが、オフィーリアはすぐヴェイグの口づけに身を委ねてくれた。
ただ少し、不満もあったのか、長いキスが終わると、息を乱しながらすねたような顔をされる。
「……おかえりなさいって、……言いたかった……のに」
ヴェイグもただいまと言いたかったのだが、潤んだ目で自分を見つめるオフィーリアがあまりに可愛すぎて、再び理性がはち切れる。
「挨拶は後にしよう」
こんなに可愛い生き物を前にして、のんびりと挨拶なんてしていられない。
欲望と愛に身を任せ、ヴェイグは妻を組み伏せその身体を貪りはじめたのだった。
その後妻を散々抱き潰し、彼女の身に五度ほど精を放って、ようやくヴェイグの身体は落ち着いた。
さすがに激しすぎたかと不安を覚えるも、オフィーリアは幸せそうな顔でヴェイグの胸にぐりぐりと顔を押しつけてくる。
「すまない、無理をさせたか?」
「……いえ、私も……ずっとしたかったので」
照れながら言う妻は可愛すぎる。そのせいで再び野獣になりかけるも、さすがにやりすぎだとヴェイグは自分を戒めた。
妻は常人より頑丈だが、それでもこれ以上は無理だろう。
なんとか冷静になり、ヴェイグは本当に今更のように「ただいま」と優しく笑った。
「おかえりなさい、ヴェイグ」
「俺がいなくて、寂しかったのか?」
尋ねると、オフィーリアが小さく頷く。
「お仕事なので仕方ないですけど、ヴェイグとこんなに長く離れたのは久々だったので」
「かつては戦場でしか逢えなかったのに、今は少し離れるだけでつらいな」
ヴェイグの言葉に、オフィーリアが懐かしそうに目を細める。
「あなたと会えるなら、戦いも悪くないなと考えていた日々が懐かしいです」
かつて二人は敵同士で、戦場でしか顔を合わせることができなかった。
その後戦争は終わり、今はこうして夫婦になれたが、あのころが懐かしくないと言えば嘘になる。
「血に濡れたお前は本当に美しかった」
「それを言うなら、ヴェイグもとっても素敵でした」
言いながらオフィーリアは「あっ」と呟き、ベッドの下に落ちていたヴェイグの戦装束を取り上げる。
「これ、ガウェインからお借りしたんです。私がヴェイグの不在を寂しく思っていると知って、せめての慰めにと」
ガウェインはヴェイグの元副官で、今はカリストの統治者となったオフィーリアの補佐役を務めている。
「黒い装束も好きですけど、白もいいですよね」
「俺も気にいっているが、白は血の汚れが落ちにくいとガウェインはいつも文句を言っていたな」
「でもこの毛皮が、血に濡れているところもまたいいというか……」
うっとりと頬を染めるオフィーリアは、感性が少々物騒なところがある。だからこそヴェイグを好きになってくれたので、彼としてはありがたいことだが。
「それで、これを抱きしめていたのか?」
「はい。ヴェイグがいない夜はあまり眠れなかったので、これを抱きしめてみたんです」
そうしたら逆に眠りこけてしまい、出迎えもできなかったとオフィーリアはしょんぼりする。
「眠れたのならいい。それに、俺の物にくるまるオフィーリアを見るのは悪くない」
かつてぬいぐるみを抱いて眠っていたときは嫉妬心が芽生えたが、自分のものだと悪い気はしない。
そんな気づきを得ながら、ヴェイグは側に落ちていた別の毛皮を手に取る。
「こっちの茶色のも、君には似合いそうだな」
「これ、毛先が少し長めですね」
「その分寒さに強い。あと、こっちの黒いのは飾り紐がこっている」
「あっ……! これも、着ているところを見て素敵だなって思っていました」
身体を起こし、二人はオフィーリアが持ち込んだ戦装束でひととき盛り上がる。
「こうして見ると、いっぱいありますすね」
「俺がすぐ汚すから、周りがどんどん新しい物を作る」
とはいえ、基本的にヴェイグは物持ちがいい。彼を傷つけられるのはオフィーリアくらいのものだったし、ファルグの戦装束は元々頑丈なので、汚れさえ落とせば何度も使える。
結果数が増え、最近では選ぶのも面倒なのでガウェインに選ばせていた。
そんな事情を話せば、オフィーリアがおかしそうに笑う。
「それで、こんなにたくさんあったんですね。でもどれを着ようか迷う気持ちはわかります」
言いながら、オフィーリアが装束をギュッと抱え込む。
「ガウェインに好きな物をお持ちくださいと言われたとき、たくさんありすぎて私も迷いました」
結果すべて押しつけられ、オフィーリアはベッドの上にそれを積み上げていたらしい。
「でも、結局白を選んだんだな」
「最初は、いつもの黒いやつだったんですけど……」
そこでふと、オフィーリアの頬が赤く染まる。
恥じらう表情に目を奪われながら、ヴェイグは戦装束ごと妻を抱き寄せた。
「ん? どうした?」
「あれは、この前ヴェイグがお召しになったばかりだったでしょう?」
「確かに、別れる前に着ていたな」
「そのときの残り香が……」
「くさかったのか?」
「違います! むしろ良い匂いで……だからその、色々刺激が強くて……」
自分は嗅覚が敏感で……などと言い訳しつつ、どんどん赤くなっていく顔を見たヴェイグは、妻の恥じらいの理由に気がついた。
「俺を思い出して、したくなったのか?」
「は、はい」
「してもよかったのに」
「で、できません……。ヴェイグのお召し物も汚れてしまいますし」
「むしろ汚してほしかった」
ヴェイグの戦装束にくるまり、自慰をする妻を見ることができたら最高だろう。
(いやむしろ、すぐ見たい)
今すぐ見たいという気持ちで、ヴェイグはオフィーリアを見つめる。
「し、しません」
「見たい」
「は、恥ずかしすぎます」
駄目ですと言いつつ、毛皮から覗く太ももを軽く撫でれば、彼女は「ンッ」と甘い声をこぼす。
「オフィーリア、頼む」
甘く懇願すれば、オフィーリアは真っ赤になった顔を装束で隠した。
「ヴェイグがいるのに、一人でするのは……嫌です……」
なんとも可愛らしい主張に息を呑めば、オフィーリアの手がヴェイグの腕を掴む。
「まだ、足りないくらいなのに……」
「さすがにもう無理かと思っていたが、いけるのか?」
「だって、ひと月ぶりですよ」
装束から覗いたオフィーリアの目は、赤く潤んでいる。
「実を言うと、俺もまだ足りなかった」
「じゃあ、したいです」
「でも、いつか自慰をするところも見てみたい」
強く主張すれば、照れながらもオフィーリアが小さく頷く。
「望んでくださるなら、頑張ります」
この妻は、どこまで淫らで可愛らしいんだろう。
改めてオフィーリアに愛おしさを覚えながら、ヴェイグは白い装束でその身体を包む。
「ならまずは、これにくるまるオフィーリアを犯そう」
そしてヴェイグはその唇に狙いを定め、にやりと笑った。