甘く淫らな人形ごっこ
「人形?」
ユーリルが鸚鵡返しに尋ねると、パメラは「そう」と頷いた。
夫婦の寝室に置かれた長椅子に腰掛け、配られたばかりだという手元の台本をめくりながらだ。
冬の深夜。大理石の暖炉にくべられた火が、湯上がりのパメラの横顔を、ほのかなオレンジ色に染めている。
「今回の私の役は、等身大の人形なんですって。正確には、最初はただの人形だけど、途中から魔法の力で動き出すって設定。人間世界の常識を知らないし、善悪の区別もないから、周囲を混乱させるトリックスターみたいな役どころなんだけど」
「へぇ。『緋色の使命』の次はどんな作品がくるのかと思ったら、オルナさん、今回はファンタジックなお話を書いたんだね」
隣に座ったユーリルは、どれどれと台本を覗き込んだ。
パメラが所属する劇団の脚本家であり、演出家でもあるオルナには、ユーリルもずいぶん世話になった。
オルナに頼まれ、急病で倒れた男優の代役を務めたことは、まだ記憶に新しい。
その舞台でユーリルは、パメラ演ずる娼婦に殺される愚直な男の役を演じた。
それをきっかけにパメラへの恋心を自覚し、最終的には結婚にまで至ったのだから、人の縁というものはわからない。
パメラが主演を務めた『緋色の使命』の幕が降り、新たな芝居の稽古期間に入る前にと、二人は慌ただしく籍を入れた。
つまり次の公演は、人妻になったパメラが初めて挑む舞台でもあるのだ。
「難しいわ……――特に前半」
パメラは台本を閉じて溜息をついた。
「役の感情を分析して、表現するのは得意だけど。人形ってことは、心がない演技をしなきゃいけないのよ。魔法をかけられるまでは、指一本動かせないわけだし」
「もしかして、瞬きもしちゃ駄目とか?」
「理想を言えば呼吸も止めたい」
「役者魂すごいけど、それ普通に死んじゃうからね!?」
芝居のこととなると、パメラのストイックさは凄まじい。
翌日から始まった稽古に打ち込むのはもちろん、屋敷に帰ったのちも、可能な限り人形になりきることに没頭していた。
座ったまま。あるいは立ったまま。
決して動かない。喋らない。だしぬけに大きな音が聞こえても反応しない。
あるときなど、夜中に地震が起きて屋敷中が大騒ぎだったのに、パメラは両目をかっぴらいたままぴくりともしなかった。同じ寝台で寝ていたユーリルは、地震よりもそっちのほうが怖すぎた。
「あのさ……それ、いつまでやるの?」
その晩もパメラは、長椅子の上で身じろぎもせずに座っていた。
膝の上で行儀よく両手を揃えた姿勢のまま、すでに一刻はこうしている。
その間、ユーリルは領地運営に関する書類仕事を進めていたのだが、何度視線を向けても、パメラ自身は時を止められたように変化がない。
「そろそろ遅いし、寝たほうがよくない? 演技の稽古なら、もう充分だと思うよ」
業を煮やして肩を揺すると、パメラの頭は芯をなくしたようにぐらぐら揺れた。
恐ろしくなって手を離すと、首がかくんと傾き、四肢がだらりと投げ出される。連想するのは人形というより、魂が抜けた死体だ。
「パメラ……パメラってば!」
ユーリルは膝をつき、その顔を下から覗き込んだ。
肌理の細かい皮膚は本物の陶器のようで、こちらを見ない翠の瞳はガラス玉のように思えてくる。なまじ造作が整っているせいで、余計にそう感じられる。
「何か言ってよ……ねぇ、ちゃんと生きてるよね?」
パメラの胸に耳をつけると、とくん、とくん――と鼓動が聞こえ、ようやくほっと息をついた。
(よかった。ちゃんとあったかい)
さすがのパメラも、演技で体温や鼓動までは操れない。
柔らかな胸の感触が、ふと悪戯心を目覚めさせた。
この状態で体に触れたら、パメラはどんな反応を示すのだろう?
「いいよ。そのまま人形のふりしてて」
おもむろに告げたユーリルは、パメラの寝間着のボタンを外し、上半身をはだけさせた。
まろみを帯びた乳房が晒され、かすかな呼吸に上下している。その様子を間近で眺めても、パメラは無表情のままだ。
(新婚だってのに、こういうことするの久々だな……)
ユーリルはパメラの乳房を寄せ集め、その谷間に顔を埋めた。
ずっと放っておかれた仕返しのように、頬ずりをして弾力を堪能し、そこらじゅうを唇で強く吸い上げる。
白い肌にはたちまち、赤い花びらを撒いたような鬱血の跡が浮いた。陶器でできた皮膚ならば、決してこうはならないはずだ。
そこからのユーリルはやりたい放題だった。
拒絶されないのをいいことに、普段よりも乱暴な手つきで胸を揉む。左右の乳首を交互に吸い上げ、唾液をまぶして舐めしゃぶる。
相変わらずパメラは何も言わないが、頬に赤みが差し、掌に吸いつく肌は汗ばんできた。入念な刺激を受けた乳頭は尖って、両方ともつんと天を向いている。
寝間着の裾をめくり、下着を足首まで引き下ろすと、小さく息を呑む音が聞こえた。
素知らぬふりでやり過ごし、今度はこちらが彼女のことを、ただの物体だと信じ込んでいる演技をする。
「あれ、おかしいな? 人形なのにここが濡れてる」
パメラの脚を大きく開かせ、ユーリルは股間に顔を近づけた。
「ずいぶん精巧にできてるなぁ……奥にオイルでも仕込んであるのかな?」
指で探る蜜洞は、いつにもまして熱く、狭く、濡れ襞がきゅうっとまとわりついてくる。
抜き差しするとぬちゅぬちゅと生々しい音が立ち、鳩尾が目に見えてひくついた。
甘酸っぱい蜜の匂いが鼻をつき、ユーリルを悩ましく誘惑する。
「――人形なら、何をされても文句は言わないってことだよね?」
ユーリルは念を押すように告げ、トラウザーズの前をくつろげた。
雄々しく漲るものを指の代わりにあてがえば、濡れそぼった秘口は、期待とも怯えともつかない動きで収縮した。
そのまま腰を押し進めようとした刹那、
「っ、待って……!」
ついに人形の仮面が剥がれ、上擦る声でパメラが叫んだ。
その瞳は羞恥に潤み、眉尻は困惑しきったように下がっている。
「演技はもうおしまい?」
「……こんなことされて、続けられるわけないじゃない」
悔しそうに呟くパメラに、ユーリルは笑ってキスをした。
むっと引き結ばれた唇は、角度を変えて啄み続けると、やがて根負けしたように綻んだ。
すかさず隙間から舌を潜らせ、ぬめる口腔を堪能する。
「ん……、っふ……」
甘い声に我慢がきかなくなって、ユーリルはパメラの両脚を持ち上げ、己の肩に担ぎあげた。
膝立ちの姿勢のまま、いきり勃った肉棒で、パメラの中心を一気に貫く。
「ひぁぁあっ……!?」
「は――すごい、ぎゅうぎゅう……」
何をされても感じまいとしていた反動か、パメラの内部は蜜でひたひたに満たされ、待ちかねていたように絡みついてくる。
我慢できずに大きく腰を叩きつけると、溢れた愛液が椅子の座面に沁みた。
「怖かったよ……パメラが、本当に人形になっちゃったんじゃないかって……」
子供のような不安を訴えながら、弾む乳房を揉みしだき、剛直を深く突き立てる。
恥骨を密着させ、陰核をすり潰すように圧をかけると、半開きになったパメラの口から快感に蕩けた声があがった。
「はぁ、あん……やあぁぁっ……!」
「……っ……パメラ、パメラ……っ」
愛おしさと興奮がいや増して、ユーリルは滅茶苦茶に腰を打ちつけた。
膨らんだ亀頭でじゅこじゅこと蜜壁を擦りあげ、歪曲する隧道の行き止まりをこれでもかとノックする。
「ぁんっ……それ、いい……深いとこ当たって……気持ちいっ……」
パメラも喉をのけ反らせ、与えられる快楽を貪っていた。互いに昂っていたために、絶頂はあっという間に訪れた。
「ぁあ、だめ……だめ、イく……っ」
「ん……僕も、もう……一緒にイくね……っ!」
ぶるっ、ぶるるっ、と胴震いし、ユーリルは衝動のままに精を放った。
同時に達したパメラが嬌声をあげ、膣内の収縮が何度も繰り返されたのち、強張った体から力が抜ける。
ユーリルもしばらくは虚脱し、呼吸を整えていた。
無我夢中で気づかなかったが、この姿勢での交わりはなかなかに膝を痛めるな――と、ぼんやり考えていたところ。
「私が演技をやめなかったら、何するつもりだったの?」
ユーリルを体内に受け入れたまま、パメラが尋ねた。
「『人形なら、何しても文句は言わないってことだよね?』って言ってたけど。私が文句を言いそうなことって、どんなこと?」
「それは、たとえば……」
ユーリルの脳内に、たちまち桃色の妄想が広がった。
普段は許してもらえない大胆な体位を鏡の前で試してみたいし、大人の玩具と呼ばれる性具を使った遊びもしてみたい。
パメラの柔らかい胸が大好きなので、谷間に男性器を挟んで擦り、最後は顔にぶちまけて――などと、いかがわしい欲望に駆られていると。
「あ」
「ご、ごめん……!」
突き立てたままの雄茎が、再びむくむくと力を取り戻す。慌てるユーリルに、パメラは眉をひそめた。
「何を考えたらこうなるわけ?」
正直に伝えれば怒られそうで、視線を泳がせていると。
「じゃあ今度は、ユーリルが私の人形になって?」
意味を問う間もなく、どんっと肩を突かれ、ユーリルは床に転がった。
結合が解けたのは一瞬で、上に跨ったパメラが、再び性器を繋げてくる。
そのままゆるゆると腰を揺らされ、たまらずに声が洩れた。
「ぅぁあっ……!?」
「声をあげちゃ駄目。動くのも、私に触るのも、もちろんイくのもダメだからね?」
「そんなの無理に決まってるよ!」
「だったら白状しなさい」
「す……するよ、するから……!」
無体な命令に耐えかね、秘めた願望を吐露すると、
「うわぁ……変態……むっつり……引いちゃう……」
と言いながら、パメラはなおも激しく腰を揺らめかせた。
口では蔑んでみせつつも、その頬は上気し、瞳は恍惚とした色に染まっている。
(――もしかして、実はパメラも人形ごっこが楽しかった?)
ユーリルが赤裸々な欲望をぶつけても、今度は最後まで人形のふりをしたまま、受け入れてくれるのではないか。
「ね……明日の夜も、演技の稽古する……?」
「……するわよ。当たり前じゃない」
言外の意味を含ませて尋ねれば、パメラは息を乱しながら答えた。
明日への期待にいっそう硬くなる屹立を、さざめく蜜襞が包み込む。
肌の相性も性嗜好も、ぴったり息の合った新婚夫婦には、まだまだたくさんの愉しみが残されていそうだった。