ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

お風呂でアワアワ

 明後日には夫になる人の屋敷の広い広―い浴室に、ユリアーネの情けない抗議の声が響き渡った。
「これちょっと、いえ全然違います~」

 ――今日はレインに石鹸で身体を洗う気持ちよさを体感してもらおうと思います!
 本日お風呂に向かう直前、ユリアーネはそう宣言した。ちなみに「レイン」はヘルブラントのセカンドネーム『ステレイン』を縮めた、ユリアーネだけが呼んでいい愛称だ。
 ヘルブラントは元々お風呂自体を無駄な時間と考え、【洗浄】の魔術を開発してしまった人だ。
【洗浄】の魔術があるのにとぶーたれるヘルブラントを浴室に引っ張っていき、広々とした洗い場の隅に置かれた、二人入ればいっぱいいっぱいの浴槽の縁に頭をもたせ掛けてもらい、まずは髪を洗った。浴槽の湯を滑らかな銀髪に流し、それから石鹸を泡立てて地肌から洗う。マッサージするような手の動きを加えると、お気に召してもらえたのか、満足そうなため息が聞こえてきた。
 ユリアーネは心の中で得意げになる。
(そうなのよ。身体を洗うというのは単に身綺麗にするというだけではないわ)
 教えたかったのはこういうことなのだ。【洗浄】では味わえない気持ちよさ。――もっと言えば、ユリアーネ自身が石鹸で身体を洗いたかった。ヘルブラントと一緒にお風呂に入るようになってから、なかなか石鹸を使えない。使う前にヘルブラントに【洗浄】され、湯に入れられてしまうからだ。しかし石鹸に慣れている身としては、【洗浄】では身体を洗った気がしない。そこでヘルブラントにも石鹸に慣れてほしいと思ったのだが。
 ヘルブラントがユリアーネの髪を洗いたいと言って交代し、そのあと泡々にした狭い浴槽の中で身体の洗いっこを始めてすぐ様子がおかしくなってしまった。

 背後から回された両手が、ユリアーネの乳房を揉みしだく。今の今まで向き合っていたはずなのに、狭い浴槽の中、器用に反転させられた。
 潰れた泡でぬるぬるした手はつるんつるんとまろやかな膨らみの上を滑り、いつもとは違う刺激に、ユリアーネの息は早々に上がる。
「あっ、んっ、まっ、待ってっ」
「いつもより反応が敏感だね? これ、すごく気に入ったよ」
 ご満悦なのは結構だが、目的は身体を洗うことであってこれじゃない。
 いや、こっちの流れに行くんじゃないかと予想していたからこそ、他国(よそさま) ではやらず、各国を巡るのを一時中断し帰国した今のタイミングで教えることにしたのだけれど。
「お願いっ、先に、身体を洗うこと、覚えてぇ……!」
 喘ぎでまともに言葉を紡げないまま懇願する。
「しょうがないな。他ならぬリーネのお願いだ」
 リーネとは、ユリアーネをもじってヘルブラントが名付けた、彼だけが呼ぶ愛称だ。
「さて。スポンジはどこへ行ったかな?」
 楽しげなその声音に、ユリアーネはぎくっとする。案の定、泡々で湯の中がまったく見えない状況を利用して、ヘルブラントはユリアーネの秘所を探ってきた。
「そんなところに、あっ、あるわけ、ないじゃないですか――あぁ!」
 片胸をこねられながら、恥丘を割られ淫芽をぐりぐりと捏ねられて、ユリアーネはたまらず声を上げる。
 淫芽やその周辺を擦り立てながら、ヘルブラントは酔ったような甘ったるい声音で言った。
「安心してよ。身体を洗うこともちゃんと覚えるから。こうやって、ね?」
「ひゃあっ!」
 背骨に沿って背中を撫でられ、ぞくぞくとした強烈な快感にユリアーネは思い切り背中を反らす。ヘルブラントはくすくす笑って言った。
「開発しがいがありそうだ」
「そんな魔術開発みたいな――ひぁん!」
 背後にジト目を向けようとしたそのとき、脇腹を撫でられ、また感じて身体を跳ねさせてしまう。
「相変わらず脇が弱くて嬉しいよ」
 それからユリアーネは、ヘルブラントの手のひらや指で身体の隅々まで洗われた。手の指先から首、足の裏まで。彼が洗いやすいようにユリアーネの身体をくるくると回すので、ユリアーネはアワアワしながら、何か掴めないかと両手で宙を掻く。
 ユリアーネの身体を洗う手は愛撫そのもので、足の指の間などを擦られると、泡のぬるぬるのせいで感じやすくなった身体は簡単に快楽を拾う。
「んっ、あっ、やっ、そこ……っ」
「ここ? 気持ちよかった?」
 ユリアーネの反応のよかった場所を、ヘルブラントは丹念に愛撫する。
 その巧みな指は、ユリアーネの蜜口にも忍び寄った。
 ユリアーネは本能的に身をすくませた。
(泡が胎内に入っちゃう――)
 そのとき、頭の片隅にこの屋敷の執事クライエンの声が思い出された。
 ――この石鹸は食べても大丈夫な石鹸です。安全ですのでご安心ください。食べても大丈夫ということは身体の中に入っても問題ないということですからね。
 壮年の彼が何故そんなことを連呼していたのか、このときになってようやく理解した。
(このことを予想されちゃってたなんて、は、恥ずかしい)
 石鹸をまとった指が入ってきても、何ら違和感を覚えることなく、むしろ高められるだけ高められ、ユリアーネはすぐさま達してしまいそうになって息を呑む。
「うわぁ。中もたっぷり濡れてるね。もう大丈夫じゃない? 入れていい?」
 指を二本、三本と性急に増やしながら、ヘルブラントは息も荒く催促してくる。
 ユリアーネは言葉を出すこともできず、何度も頷いて返事するしかなかった。
「行くよ」
 ヘルブラントは泡だらけの湯に浸かったままユリアーネの身体を持ち上げ、自身の昂ぶりの上に乗せる。
「――――!」
 彼の長大な昂ぶりに胎内を突き上げられたユリアーネは、声なき叫びを上げて達してしまう。
「リーネッ、あんまり締めないでッ」
 そう叫びながらも、ヘルブラントはぬるぬるの浴槽の中、がんがん腰を突き上げてユリアーネを攻め立ててくる。
 絶頂からさらなる絶頂へと、ヘルブラントとともに駆け上がっていった。

 激しい行為の末に二人同時に果てたあと、ヘルブラントはユリアーネのリクエストにより、床と一体になった大きな浴槽のほうに魔術でぬるめの湯をたっぷり作ってくれた。動けないユリアーネは、ヘルブラントに抱き上げられ、一緒にその中へ入る。
 ぬるめの湯が疲れ切った身体に気持ちよく染み渡る。
 お湯に浸かる習慣ができてからというもの、浸かっている最中に他愛のない話をすることも常になっていた。
 この日は、帰国して初めて会った、前ヘルブラントお目付け役で魔術師団の副団長であるオリフィエルの話をした。
「ずっと気になっていたことを聞いたんです。わたしがマルハレータ様に牢に入れられたとき、副団長は【伝令】で王宮とやりとりをしていたはずで。なのに何で牢に入れっぱなしになってたのか不思議でしかたなくて。そしたらなんてお返事があったと思います? 『今から団長が助けに行くから牢に入れといてって言ったんだ』ですって。わたしが入れられた房だけ妙にきれいだったのはそのせいだったのねってすごく納得しました。それにしたって『牢に入れといて』はないと思うんですよ。わたし、本気で死ぬと思って世を儚んでたんですよ? それで文句を言わせてもらったら、『牢からの救出劇がきっかけで――』」
 話している途中だったのに、ヘルブラントがお湯しぶきを上げて立ち上がる。
「え……? どうしたんで――」
「オリフィエルをちょっと殺してくる」
 それを聞いて、まどろみかけていたユリアーネの意識は覚醒した。
 浴槽から踏み出そうとする脚に、絶頂の余韻で未だへろへろしながらも必死にしがみつく。
「待ってください~」
 ユリアーネの情けない声が、また浴室に響き渡った。

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