結局、今日も二人は愛を語り合う
夏の休暇が明け、季節が変わろうとしているころ、王妃の小庭園は暖かな日差しに今日も花々を美しく魅せている。
珍しい青い花だけが集められた場だ。
馨しい香りの薔薇を筆頭に、国中の青い花を観賞することができる。
(とても素敵な休憩場所ではあるのよね)
王家、神殿側も交えてのウエディングドレスのデザイン決めも問題なく進んだ。
いったん休憩を許されたフィアナは、婚約者であるアレクシスと打ち合せ部屋の近くにあった王妃の小庭園へと降りたのだ。
だが、予期せぬ客が待っていた。
待機している女性を見てあろうことかアレクシスは美しい顔を露骨に歪め、のちにフィアナは護衛騎士たちから『女性に向ける目ではなかった』と報告を受けることになるのだが――。
「この前の仕返しなのかな、ん?」
「あら~ご自覚があってフィアナ様に無理を強いましたの? 夏の休暇ではわたくしに一度しか会わせませんでしたわね」
シエスティーヌが後半一呼吸で言いきった。
アレクシスは笑顔だ。上品に笑って答えているシエスティーヌにも微笑みが浮かんでいるが、青筋も複数浮かんでいる。
(あ、ああぁあぁ……)
そう心の中で声をもらしたのは、フィアナだけではないはずだ。
護衛騎士たちも、待機しているメイドたちも大変居づらそうな空気を強める。
今、フィアナは隣の椅子に座っているアレクシスに両腕を回されていた。
向かいの椅子にはシエスティーヌの姿がある。
彼女はドレスを着ているほうが少ないようで、神官としてとくに用事がないにもかかわらず本日も神官の制服だ。
「君もたいがいしつこすぎる。今日来るとはな」
「あなたがあの手この手を使って、フィアナ様を独占されようとするからですわ」
「彼女と過ごせる時間は限られている。せっかく都合がつくタイミングを君に盗られるのは我慢ならない――いや、フィアナは近々王太子の妻になる人だ。君こそ遠慮を知ってはいかがかな?」
「妻になったらもっと一緒にいられるではありませんか。わたくしのほうは、王太子妃となったら誘える機会も減ってしまいますので殿下こそご結婚まで融通を利かせくださいませ」
フィアナは、場に居合わせた者たちと身体をぶるっと震わせた。
(なんて器用に喧嘩をされる方々かしら)
いや、そうではない。
ほんの少しくらいは仲良くできないものだろうか。
ちょっと前まではこの二人の関係を心配したものだが、今となっては仲が良かったほうがマシだとさえフィアナは思っているところだ。
「フィアナ様、次の打ち合わせにはわたくしも参加しますわ」
くるりとシエスティーヌの美しい顔がこちらを向いて、フィアナは気を引き締め直した。
「きっと派手になるであろう髪型案の冊子を王妃様にお渡ししていますので、ドレスとあわせてイメージが固まっていくといいですわね」
「派手に……」
「こんなにも可愛らしいのですから、歴史に残る美しい妃として伝説を作りましょう!」
と普段冷めきっている彼女の目が『なんでも似合うのに着ないなんてもったいない』と、らんらんと輝いている。
「フィアナを飾ることに妥協などありえない。それは認めよう」
「ありがとうございます、王太子殿下」
そこだけは一瞬だけ和解するんだよなぁ、と護衛騎士たちの心のぼやきが聞こえてきそうだとフィアナは思った。
「だが、しつこい」
「わたくしが会いに来てはだめな理由はありません。フィアナ様の挙式会場は神殿ですし、神殿からの代表はわたくしですからね」
「なんでわざわざそんな役を買って出た」
「会えないよう妨害なさっている仕返しに決まっているではありませんか」
二人はもはや作り笑顔もやめていた。
(日差しは暖かいはずなのに空気が冷たいわ……)
「まったく、殿下がいると紅茶も美味しくありません」
「それは私の台詞だ。そもそもフィアナにしか用がないというように聞こえるが?」
「まさにそうですわよ。うまくいけば二人で休憩できると思っておりましたのに、残念です。それではフィアナ様、わたくしは神殿の者たちと合流してまいりますので、のちほど」
シエスティーヌは温かみさえ感じる微笑を残すと、護衛騎士二人に案内されて歩いて行った。
「……あの女」
フィアナは、ぼそりと聞こえたアレクシスの声を聞かなかったことにした。
今にも人を殺しそうだ。
(はっ、そうだわっ)
ここは速やかに空気を変えるのがいい。
これまでの経験を思い出して、フィアナは彼の袖を引く。
「ア、アレクシス様、この姿勢もおつらかったことかと思います」
「何もつらいことなどない。客人の前で膝の上に抱き上げられるのは嫌だと君が言っていたから、軽く腕を伸ばしているだけだ」
それにしてはガッチリ抱き締められている。
まるで、シエスティーヌにはあげないと言わんばかりだ。
(でもご自覚があるかもわからないし)
そういうことをされると嬉しくもある。
フィアナは頬を薔薇色に染めて、さっきまでとは違い、本心からアレクシスを誘う。
「小庭園を見て回りませんか? 開放的な気分になって、次の打ち合わせまでにかなり回復もできるかと」
「回復……」
と口にしたアレクシスの顔に、ようやく輝かんばかりの笑顔が戻る。
「それはいい提案だ」
――フィアナは『回復』という言葉を出したことを、のちほど後悔することになる。
二人はその場から離れることになったのに、護衛騎士たちは『絶対にここから動きません』と言わんばかりに一礼してついてこなかった。
主人の行動を見越していたのだろう。
「あんっ、んぅ、んんっ」
小庭園の背の高い生垣の陰、薔薇の濃厚な香りに包まれながらフィアナはアレクシスを抱き締めてキスをしていた。
彼はフィアナを生垣に押しつけ、片脚を持ち上げて腰を揺らしている。
「ああフィアナ、とてもよく回復できそうだよ」
「こ、こんなの休憩にならな、うぅん……っ」
大きな声が出そうになるたびアレクシスが口を塞ぐ。
乱れた下半身の衣服は二人が動くたびに衣擦れの音を立てていた。
彼が出し入れするたび、太腿まであふれた愛液がじゅぷじゅぷといやらしい音を響かせている。
(痛くない……いきなりなのに、意識が飛びそうなほど気持ちいい……)
伴侶が求めると呆気ないほど簡単に発情してしまうらしい。
フィアナは、自分の子宮がアレクシスの熱を喜んでいるのを感じていた。突き上げられるたびにお腹の奥が甘く強烈に痺れ、抜けそうになるくらいまで引かれるときに覚える喪失感、そのあとに膣奥まで戻ってくる衝撃、すべてが甘美な恍惚を与えてくる。
そしてフィアナ自身もまた、彼とこうしていることに喜びを覚えていた。
(もっと、ほしい……)
フィアナが求めていることを察知したのだろう。
不意にアレクシスが両脚を抱えて彼女を持ち上げ、力強く最奥を穿つ。
「んんっ、んっ、んんぅっ、ん!」
そう時間がないことはわかっている。声をキスで抑えながら、フィアナも腰を激しく振りたくって彼と絶頂を追い求めた。
(好き、好き……)
言葉の代わりに彼の舌を激しく求める。
夏の休暇の間に落ち着ける――。
別荘でそんなことをアレクシスが言っていたことは覚えているが、彼のほうはまだまだ落ち着く気配がない。
でもフィアナもまた、頻度の多い彼との交わりを好んでいた。
彼女の心はいつだって彼を求めている。こうして運命の番にだけ反応する身体を思うたびに、時々、たまらなく嬉しくなるのだ。
「――愛してるっ、フィアナっ」
ずんっと重みを感じた次の瞬間、アレクシスがきつく密着させて欲望を放った。
「あっ、あぁあ……っ、わ、私も愛、愛してますっ」
絶頂に押し上げられたフィアナはぶるぶるっと身体が震えたが、これからはこうして何度だって伝えていこうと改めて思い、愛する人を心から抱き締めてそう言ったのだった。