事実は新聞小説より甘く
叔父の後を継いでサヴィ伯となった兄・カレルが王都へやってきたのは、ミリセントとアルトゥスが結婚して半年ほどたった時のことだった。
領主の仕事にもようやく慣れ、あちこちから持ち込まれた縁談の中から一人の女性を選んだという手紙を受け取ったのが三ヶ月前。その後婚約をしたという女性と共に、国王へ結婚の裁可を求めに来たのである。
相手は隣国の貴族の娘で、国境に平和をもたらすための政略による選択だったが、互いに会ってすぐ意気投合したらしい。手紙の文面からは、カレルも、相手の女性も、結婚に対して前向きな印象が伝わってきた。
その相手の女性――エレノアは、ミリセントにとって未来の義理の姉となる人である。
(仲良くできればいいけれど……)
王宮の応接間で、ミリセントはそんな緊張と共に二人を迎えた。しかし実際に会ってみると心配は杞憂に終わった。
「サヴィで暮らしている親戚が何人もいるため、幼い頃からよく訪問していました。私にとっては第二の故郷のような街です」
エレノアは、ミリセントと同じ年頃にして人当たりのいい朗らかな性格で、初対面とも思えないほど打ち解けて話すことができたのだ。隣りに立つカレルも終始笑顔を浮かべている。
元より反対などあるはずもなく、アルトゥスは快く二人の結婚を許し、祝福した。
その時、応接間にいたのはカレルにエレノア、ミリセントとアルトゥス、そしてソニアである。
図らずもアルトゥス以外は全員サヴィに縁の深い人間が集まった形になり、その後は懐かしい故郷の話で盛り上がった。
アルトゥスも初めは笑顔を浮かべて見守っていたが、三十分ほどたった頃、ふいに静かに部屋を出ていってしまう。
(退屈だったかしら……?)
気になったミリセントは、席を立って彼の後を追いかけた。
何しろ彼がサヴィに来たのはたった一度。それも一夜を過ごしただけである。思い出などあるはずもなく、自分だけがわからない話が延々と続いていると感じてしまったのかもしれない。
応接間を出て廊下をしばらく進むと、アルコーブになった窓辺で、探していた背中を見つけた。
アルトゥスは臣下に囲まれて話をしている。ミリセントの姿を目にすると、彼は手を上げて話を切り上げた。
「話はわかった。必要なところに伝えておく」
彼がそう告げると、臣下たちは一礼して去っていった。それを見送り、アルトゥスはミリセントに声をかけてくる。
「何か用か?」
「いえ……、お部屋を出ていかれたので気になって。サヴィの話ばかりで、アルトゥス様に疎外感を与えてしまったのではないかと……」
「まさか」
アルトゥスは逆に驚いたように首を横に振った。
「静かにドアが開いて臣下が目くばせをしてきたので、急用だろうと外に出ただけだ」
「そうでしたか。安心しました」
ミリセントはホッとしてほほ笑み、小さくお辞儀をした。そういうことなら仕事の邪魔をしてはいけない。一人で応接間に戻ろう。
しかし踵を返しかけたところで、そうはさせじとばかりに後ろから抱きしめられ、ぐいっとアルコーブに引っ張り込まれる。
「――あ……っ」
思わず振り向きかけたところで、背後からキスをされた。甘えるような、戯れまじりのキスである。
困惑しつつも、愛しさに胸を高鳴らせて応じていると、彼はくちびるを離してニッと笑った。
「何もしないで帰すと思っているのか? ……こんな状況で」
「――――……」
国王であるアルトゥスの周りには常に大勢の人がいる。昼間に二人きりになれる機会はあまりない。
しかし今日はミリセントの兄が訪ねてくるからと人払いをしていたため、廊下には人気がない。アルトゥスはミリセントを抱きしめたまま、アルコーブにある椅子に腰を下ろしてしまった。
必然的に、ミリセントは彼の膝の上に座る形になる。
明るい中で愛する人の顔を間近にして、結婚して半年もたつというのに頬が上気してしまう。
アルトゥスは心からうれしそうに、そんなミリセントの頬にキスをしてきた。
「もう少しゆっくりしていけばいい」
「……お仕事はよろしいのですか?」
「かまわん。後でまとめてやる」
「お待ちの方がいらっしゃるでしょうに……」
「朝から難しい会議が続いて疲れている。少しの間でも愛する女にふれて癒されたいんだ。悪いか」
開き直るようにささやき、耳朶や首筋に小さなキスを降らせてくる。優しいキスの感触に息を詰めながらも、小首を傾げる。
「私はあなたの妻ですよ?」
「愛する女にちがいはない」
「夜には二人きりになれますのに……」
「夜は夜。昼は昼だ」
よくわからないことを、断固とした口調で言い、彼は頬をすりすりとこすり合わせてきた。
まるで猫が甘えてくるようなしぐさに、ミリセントの胸がきゅんっと音を立てる。
いつも厳しく堂々と人を従えている姿が嘘のように、今は妙に甘えてくる。ミリセントが彼の後頭部からうなじにかけてを何度かなでると、アルトゥスはまたくちびるにキスをしてきた。
「そういえば『ミリセント』の作家が、ついに最終話を書き上げたそうだぞ」
「まぁ……」
新聞の紙上で人気を博している小説『ミリセント』は今も続いている。
最近は、ミリセントが裁判の途中で姿を消した頃についての話だった。
「国王が姿を消した彼女を想い続け、降るような縁談を断り続ける姿に、『二人を早く再会させろ』と読者から抗議の声が殺到しているそうだ」
アルトゥスがくすくすと笑いながら言う。
ちなみにネタを提供しているのは国王その人だという。
(信じられない)
聞いた時は耳を疑った。どうりで小説の内容が正確だったはずだ。
「君への誤解を解くために始めさせた企画だが、国王夫妻を身近に感じるという意見も多く、王宮の好感度を上げるのにもひと役買っているようだ。もう少し続けさせてもいいかもしれないな」
「その際はぜひミリセントも国王を心からお慕いしていて、姿を消したのもそのためだった、ということにも言及してくださいね」
何しろ小説の大半はアルトゥス視点で書かれており、彼がいかにミリセントを想っているかに多くの分量が割かれている。
離れている間もミリセントがいかにアルトゥスを想っていたのかという点については、少々書き込みが足りない気がする。
力を込めて訴えると、彼は「作家に言っておこう」とうなずいた。うれしそうな微笑みがステキだ。ミリセントは彼の頬にふれ、くちびるに軽くキスをする。
それはすぐに情熱をもって返され、国王の不在にしびれを切らした臣下が迎えにくるまで続いたのだった。

