なんでも叶えてあげる券
レナリアが王妃になってから早二か月。慌ただしい日々を過ごしながら少しずつ新しい環境に慣れてきた頃、レナリアは思いがけない話を聞いた。
「陛下の誕生日が明日ですって?」
これまでラウエンシュタインでは毎年国王の生誕祭を祝う夜会が開かれていたそうだが、エミディオが王となってからは不要にしたそうだ。予算の無駄だと考えたのだろう。
「てっきり王妃様との時間を大事にされる予定なのかと思っていましたが……」
慌てる侍女に、レナリアは「いいえ、気にしないで」と答えた。仲睦まじいふたりが互いの誕生日を把握していないとは思わなかったのだろう。
――私はディオを拾った日を誕生日として祝ってきたけれど、ヴィクトール様の誕生日は知らないのよね……だって記憶喪失の設定だったんだもの。
例年、レナリアはエミディオの誕生日に贈り物をしていた。わがままなようでいて、彼は物質主義者ではない。レナリアに甘えられたい、愛の告白がほしい程度なら言うが、なにかをねだったことはほとんどないのだ。
――本人から誕生日を聞かされていないから、今なら驚かせる機会では?
「教えてくれてありがとう」と侍女に礼を告げて、レナリアは多忙な夫への贈り物を考える。今からできることは限られているが、彼に喜んでもらいたい。
だがその前に、今までどのようなお祝いがされていたのかを確認したい。
――ディオに聞いてもはぐらかされるかもしれないし……ここはあの人に尋ねるのがよさそう。
早速向かったのは神殿だ。エミディオの双子の弟、ヴィルフリートに差し入れの焼き菓子を持って行く。
「護衛を連れているとはいえ、王妃がふらふら出歩いていていいのか」
呆れ気味に嘆息されたが、彼はレナリアを邪険には扱わない。ふたりは子供の頃から一緒に育った家族ということになっているため、レナリアがヴィルフリートを訪問しても咎められることはない。
「まあいい。俺に会いに来たということはなにか用事があるんだろう」
「ええ、そうなの。ちょっとお茶がてら訊きたいことがあって……陛下のことで」
ヴィルフリートの眉毛がぴくりと反応した。相変わらず彼は双子の片割れに敏感である。
「お茶の一杯くらいは時間がある」
ヴィルフリートは人払いをした。レナリアの護衛と侍女には扉の外で待っていてもらい、どことなく機嫌がよさそうに「なにが訊きたい?」と言い出した。
「僕たちの思い出話でも聞きたくなったんだろう。子供時代を知っているのは僕だけだからな」
――入れ替わりに気づかれないように人前では一人称を変えるなんて器用な人ね。
髪を切ったヴィルフリートはエミディオにそっくりとはいえ、ふたりの性格は少し違った方向で様子がおかしい。
「殿下、その性格だとお嫁さんが来ないんじゃない? 結婚とか大丈夫そう?」
神官の結婚は禁じられていない。王族なら縁談を持ち掛けられそうだ。
「僕が結婚なんかに興味があるわけないだろう。今まであらゆる毒を食らってきたんだぞ。生殖機能だってまともに反応しない」
「え……そうなの? じゃあ王として結婚させられていたらどうするつもりで……」
まさか子供が作れないとは思わず、レナリアはつい踏み込んだ質問を投げてしまった。エミディオはあんなに性欲旺盛なのに、双子で異なるとは思わなかった。
「僕が王位に就くことはないと思っていたが、万が一そうなっていたら王妃となった女性にはすべて明かすつもりだった。不幸な女性を増やすべきではいだろう」
王族の血を絶やすつもりだったと聞き、レナリアはなんとも言えない気持ちになる。母親のことを思い出しているのかもしれない。
「まあ、ヴィルは大丈夫そうだな。お前は気にせず子作りに励んだらいい」
「ちょっと、言い方が明け透けすぎよ」
レナリアはクッキーを咀嚼する。ヴィルフリートなりの気遣いを受け入れて、ふたりの誕生日の過ごし方について尋ねることにした。
「子供時代の誕生日か。特になにもなかったな。母上が存命のときは、特別に三人そろって過ごしたくらいの記憶しかない」
先代国王は生誕祭の夜会を開催していたが、王子たちが祝われることはなかったそうだ。お祝いの品をもらったこともないと言われて、レナリアの心臓がチクンと痛む。
「そう……だからディオは戸惑っていたのね。うちでは家族みんなが揃って豪勢な食事を食べて、たくさん「おめでとう」を言われる日だから」
エミディオの誕生日をはじめて祝ったとき、彼は居心地の悪そうな表情を浮かべていた。どうしていいかわからないと感じていたのだろう。
明日ははじめてレナリアがヴィクトールの誕生日を祝う日である。レナリアだけでも盛大にお祝いしたい。
「明日また来るわ。ディオも連れて」
「は? いや、別に来なくていい。王は忙しいんだからヴィクトールの時間だって都合がつくかどうか」
「双子の兄弟が同じ日に生まれて大人になったなんて奇跡でしょう? 唯一「おめでとう」を言い合える相手と顔を合わせたくないとは思えないけど」
ヴィルフリートは微妙な表情になる。面映ゆさでも感じているのだろう。
彼は「僕が会いに行く」と言い、レナリアはお節介が成功して笑顔になった。
◆ ◆ ◆
その日の晩、レナリアは日付が変わるまで夜更かしをしていた。いつもなら寝台に入っている時間帯だが、エミディオを長椅子に座らせて遅くまで晩酌を楽しんでいる。
「リア、そろそろ寝た方がいいんじゃないか。明日起きられないぞ」
「ええ、そうね。もう寝ようかしら」
壁掛け時計をちらりと確認した。時計の針が十二時を回ったとき、レナリアは隣に座るエミディオの頬にキスをする。
「二十五歳の誕生日おめでとう」
「……は?」
戸惑うエミディオの顔を特等席から眺められるのは妻の特権だろう。予想外のことを言われて頭がうまく働いていないらしい。
「侍女に教えてもらったの。今日がディオとヴィルフリート殿下のお誕生日だって。うちではエミディオを拾った日を誕生日にしていたでしょう? だからすっかり失念していたわ」
突然だったため贈り物は間に合わなかったが、誕生日本番の夕食には料理長特製のケーキを依頼した。ヴィルフリートも招いた晩餐会を開催するように手配したのだ。
出席者は三人だけなので賑やかさには欠けるが、その分レナリアが頑張って盛り上げたらいい。
「それにディオは物欲があまりないから、なにがほしいかもわからなくて。ほしいものがあったら言ってちょうだい。私が貯めてきたお小遣いはちゃんと残してあるから、それで購入するわ」
「ちょっと待ってほしい。突然すぎて頭がついていかない」
彼は深く息を吐いた。驚きすぎて声が出なかったようだ。
レナリアは自らエミディオの膝に乗り上げる。
「なにがほしい?」
子供の頃はエミディオの似顔絵を渡していた。絵心があったとは言えなかったが、彼はうれしそうに受け取ってくれたのだ。
微笑ましい記憶を思い出しているとき、エミディオの腕がレナリアの腰を抱き寄せた。
「困ったお嬢様だ。あなたはすぐ俺を喜ばせようとする。なにがほしいかなんて訊かれたら一晩中抱き潰すかもしれないのに」
「……それ以外がいいわ」
騎士の体力に付き合わされていたら大変な目に遭う。何度も経験しているため、それはできれば時間に余裕があるときがいい。
「俺の宝物のひとつを見せようか」
エミディオはポケットから革袋を取り出した。肌身離さず持ち歩いている袋だそうだ。
その中には、子供の頃にレナリアが贈った『なんでも叶えてあげる券』が入っていた。
「それ、私が昔贈ったやつじゃない!」
「最後の一枚をずっと取っておいていたんだ。三枚中の二枚はちょっとしたお手伝いで使わせてもらったけれど」
子供時代のレナリアにできることなど限られている。エミディオの希望を叶えたいと思い、紙を三等分にして作ったのだ。
――なんとなく嫌な予感がする。
「そんな特別な券なら、あと十年くらい先まで取っておいたらいいんじゃないかしら」
「いいや、新妻が俺を喜ばせたいと言うのだから、今が使い時だろう。さて、なんでも叶えてくれるならなにがいいかな。まずはこの券を十枚ほど増やすことに使わせてもらおうか」
「ちょっと、ズルはダメよ! 却下です!」
有効期限を設けるべきだった。
レナリアからキスくらいなら叶えてあげられるが、それ以上過激なことをねだられたら心臓がどうなるかわからない。
「仕方ない。それならリアが恥じらいながら俺の衣服を脱がして愛を囁きつつ自ら俺を奥深くまで銜え込んで色っぽく感じている姿を見せてほしい」
「ねえ、それ多くない? 欲張りすぎよ!」
「一文で言い切ったのだからひとつのおねだりだろう?」
子供時代の純真な贈り物が淫らな行為に使用されるなんて考えたこともなかった。レナリアの顔が真っ赤に染まる。
「君にはまだ難易度が高いかな。できないならできないと言ってもいい」
――顔が楽しんでるわ!
口調は優しいのに、有無を言わせないなにかがある。それにここでレナリアが逃げたら、なんだか敗北感を味わいそうだ。
「で……できるわ。私だって、やればできるもの」
やけくそになりながら、レナリアはエミディオの釦を外しにかかる。時間が経つにつれてドキドキが増して大変なことになりそうだ。
「ああ、まさか年に二回も愛しい妻から誕生日を祝ってもらえることになるとは。俺はなんて幸せ者なんだろう」
ヴィクトールとエミディオ。両方の誕生日を祝うことを言っているのだろう。
レナリアも当然そのつもりでいたが、こんな恥ずかしい想いを二回も味わうのかと思うと、なにか条件を設けたくなる。
「私の誕生日にたっぷり仕返しするから、覚悟してなさい」
「それは楽しみだ」
なにを言っても彼を喜ばせるだけである。
――納得がいかないけれど、でもディオが喜んでいるならいいのかしら。
これも惚れた弱みなのだろう。してやられた感は残っているが、嫌な気持ちではない。
「ディオ、キスがしたいから目を閉じて?」
「俺はリアの恥じらう表情を目に焼き付けたい」
「もう!」
なかなか言う通りにはならない旦那様に、レナリアは噛みつくようなキスをした。

