ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

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やきもち

 この会話は、ジュディスのこんな疑問から始まった。
「この子も、フレドみたいに子供のころは成長が遅いのかしら?」
 ベビーベッドを囲んでいたメイド二人は各々手を止め、ジュディスを見て目をぱちくりさせる。不思議に思いながらも、ジュディスは話を続けた。
「今でこそ大きいけれど、十三歳のときのフレドは十歳のときとあまり変わらないくらい小さかったんです。十歳のときでさえ、同じ年頃の貴族の男の子たちより小柄で。この子も子供のころは小さいのかしらと思ったら、長く子供でいてくれることが嬉しいような、なかなか大きくならなくて心配になるような、複雑な気持ちになりそうなの」
 話しながら見下ろしているのは、ベビーベッドですやすやと眠る、生まれて一カ月になる息子だ。今のところよく飲んでよく寝てすくすくと成長している。
 毎日目を瞠るほどの成長をする息子を見ていたら、十歳から十三歳までの間ほとんど成長していなかったフレデリックのことをふと思い出したのだった。
 目をぱちくりさせていたメイドたちは、ジュディスが話を終えると同時に笑い出した。
「そ、そうでしたね……そのころの閣下は貴族のご子息にしては小さくていらっしゃって……」
「あははっ、早く大人になりたくて外交とか筋トレとか頑張ってらしたのに、実際は真逆のことをなさっていたというあれね」
 真面目なローザは口元を押さえて笑いをこらえ、ちょっとあけすけなところのあるカレンは声を立てて笑う。
「真逆?」
 何の話だか、ジュディスにはさっぱりわからない。
 カレンが悪戯っぽい顔をしてこっそり耳打ちしようとした。
「それはですね」
 そのとき、ソファのあるほうから不機嫌な男性の声が聞こえてきた。
「おまえたち、やることが終わったならとっとと出ていけ」
 おどろおどろしい、聞く人を委縮させるような声だったと思うのだが、ローザとカレンは気にした様子もなく、それどころかころころと笑う。
「あら? いらしたんですか?」
「静かでしたから、てっきりいらっしゃらないかと」
 カレンとアメリアが悪びれなく言うと、フレデリックは怒りをあらわにする。
「白々しい! 世話の間は邪魔だから離れていろと言ったのはおまえたちじゃないか!」
 怒鳴られたというのに、ローザとカレンはどこ吹く風だ。カレンと一緒におむつ交換や授乳に使ったものをワゴンに載せながら、ローザはフレデリックに物申す。
「そんなふうには言っておりませんわ。お坊ちゃまのお世話の最中、座ってお待ちくださいと申し上げただけです」
 ベビーベッドの周りを整え終えると、二人は並んでフレデリックとジュディスに向かって一礼する。
「片付けが終わりましたので、これにて失礼いたします」
「ご家族水入らずのお時間をお楽しみくださいませ」
 使用人然とした丁寧な口調でそう言うと、ワゴンを押して子供部屋から退室する。
 ベビーベッドの傍らまで移動していたフレデリックは、ジュディスの肩を抱いて言った。
「ジュディ、疲れただろう? 次の時間まで休むといいよ」
 いつもはもうちょっと息子の顔を見ていたいと言うジュディスだが、先ほどの話が気になって、促されるままにソファへ向かう。並んで腰かけると、フレデリックが心配そうに話しかけてきた。
「大丈夫? できるだけ自分で育てたいっていうジュディの気持ちは尊重したいけれど、やっぱりもう少し乳母の手を借りない?」
 ジュディスはそれを聞いて我に返り、慌てて否定した。
「違うわ。乳母には毎日何時間か代わってもらってるし、それ以外の時間はメイドの皆が手伝ってくれているから、疲れているわけではないの。ただ、ちょっと気になることがあって……カレンさんが言っていた『真逆』って何のこと?」
「そ、それは……」
 フレデリックは急にうろたえる。それを見て、ジュディスはため息をついた。
「メイドの皆さんが、諸国をめぐるフレドを支えてくれていて、今もわたしたちが快適に暮らせるよう働いてくれているのはわかっているの。でも、わたしが知らないフレドのことを皆さんが知っていると思うと、ちょっと妬けちゃうなって思って。あ! こんなことでやきもちを焼くなんて心が狭いって、自分でも思う――」
「ジュディがやきもち……!」
 感嘆の声を上げるフレデリックに驚いて横を見れば、彼は瞳を潤ませるほど感動してジュディスを見つめている。
「私のことを歯牙にもかけていなかったジュディがやきもちを焼くようになってくれるなんて! でもジュディからしたら不快だよね。あいつらどうしてやろうか? 紹介状なしでクビにする? それとも八つ裂きにしようか?」
「な! ――何物騒なことを言ってるの? わたしは知りたいだけでそこまでしてほしいわけじゃないわ」
 気が動転して叫びかけたが、息子が寝付いたばかりだということを思い出し、ジュディスは声をひそめる。
 フレデリックは目をきらきらさせたまま、ジュディスに合わせて声をひそめた。
「何が知りたいの? 何でも答えるよ?」
「じゃあ早速だけれど、カレンが言っていた『真逆』って何のこと?」
「え――えーと、何だったかな?」
 フレデリックはとたんにしどろもどろになる。
 フレデリックがなかなか大きくなれなかったのは外交や身体作りのために睡眠を削っていたせいだったと白状したのは、それから間もなくのことだった。

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