ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

夜明けの欲望

 エリアスの傍らに、伯爵令嬢のユーリア・ザーラ・ルバルトが眠っている。もう夜は明けていて、朝の柔らかな光が彼女に降り注いでいた。
 自分の瞳に映っている情景が夢のようだと思いながら、エリアスはユーリアの寝顔を飽きず眺めている。夜通し馬車に揺られていたのでエリアスも疲れていたが、ユーリアを妻にしたという興奮が冷めなくて、眠くならない。
 ユーリアは、エリアスが長年妻にしたいと望んでいた女性だった。だが、求婚しようと思った時には行方が知れず、諦めなくてはならないのかと思った矢先。ブルム伯爵邸で開かれていた舞踏会で偶然出会ったのである。
(いや、偶然ではないのかもしれない)
 他の女性と踊っていて彼女とぶつかり、それがきっかけで一目ぼれをした女性がユーリアであったことは、運命としか思えない。
 すぐにプロポーズをし、ディステル侯爵家の本邸であるこの屋敷に連れてきて、妻にした。
 だが、自分との結婚を、ユーリアは心から承諾したわけではなかった。富も身分も手に入るというのに、彼女はそういったものになびくことはなく、侯爵夫人になることに難色を示したのである。
 エリアスの周りには、侯爵夫人になれるならどんなことでもするという女性が多く存在していた。幼少の頃から、ディステル侯爵夫人になりたいからエリアスと付き合いたい、という女の子に囲まれていた。だから、爵位にも財産にも興味を示さないユーリアの反応は新鮮であったけれど、エリアスを困惑させ、焦らせることにもなった。
 寄ってくる女性は沢山いたが、自分から言い寄ったことなどなかったのである。
 自分の妻になる女性は、この世でユーリアしかいない。だが、どうすればいいのかわからない。しかも、軍人であるエリアスは、再び戦場へ赴かなくてはならなかったので、時間がなかった。彼女を急いで妻にしなければならない。
 渋るユーリアを従わせるためにエリアスは上級貴族の力を使い、結婚の承諾を無理矢理にさせてしまったのである。
 卑怯で強引すぎるやり方だというのは自覚していたし、罪悪感も覚えていた。だが、ユーリアも自分と結婚すれば助かるはずなのだ。彼女は母親を亡くしたばかりで、伯爵家を継ぐことも出来ずに、ひどく困窮していたのである。
 だから、強引に結婚したのはそれほど悪いことではないのだと、心の中で言いわけをしながら、眠っているユーリアを見つめる。
(ああ、寝顔まで可愛い)
 彼女を見ているだけで、心が幸せで満たされた。悪いと思う気持ちがどんどん薄れていく。
 明るい赤銅色の髪、バラ色の頬、揃った長いまつげ、柔らかな唇。
 ロゼル・ライトを嵌め込んだ首飾りがとてもよく似合っている。
 この首飾りを嵌めている限り、美しく魅力的なユーリアは、心身ともに自分のものだ。
 彼女と過ごした初夜は、本当に素晴らしかった。乙女だったユーリアは、純潔を奪った当初はとても苦しんでいたが、痛みが消えると快感に支配され、悶えながらエリアスに身体を委ねてきた。エリアスは彼女の中に何度も精を注ぎ、極上の快楽を堪能したのである。
(声も可愛かったな)
 吐息を漏らしながら切なげに喘ぐ彼女の声を思い出しただけで、心身ともに熱くなってくる。
 ユーリアを妻に出来ればそれだけで十分だったエリアスにとって、彼女が感じやすい身体を持っていたことは嬉しい誤算だ。二人の身体の相性は抜群で、彼女のすべてがエリアスの好みだった。
 自分にとってどんどん都合のいい状況になっていく気がする。
(そうだな……都合がよすぎる)
 やはりこれは夢ではないだろうか。すやすやと眠るユーリアは、本当は幻で、触れると消えてしまうかもしれない。
 少し不安になってきた。
 彼女に手を伸ばし、そっと頬に触れてみる。
 バラ色の頬から温かさが伝わってきて、幻ではなかったとほっとした。彼女の寝息が指にまとわりつき、この幸せが現実だと実感する。
(っと……っ)
 手を伸ばしたことで、ユーリアの身体を覆う夜着に肘が擦れた。夜着の合わせ目が、ずり落ちてしまう。
 彼女が呼吸をするたびに胸が上下し、緩んだ胸元が次第にはだけてきた。
 これはいけないと、急いで元に戻そうとしたのだが……。
 光沢のある柔らかな布で仕立てられた夜着は、音もなく肌を滑っていく。ユーリアの豊満な胸が露わになった。
「う……っ!」
 魅力的な乳房を目の当たりにし、エリアスの動きが止まる。。
 彼女の寝息に合わせて、乳房が誘うように揺れていた。
 薄桃色の乳首は初夜の濃い交わりの名残を留めていて、つんと勃っている。
(なんて色っぽい……)
 思わず顔を近づけて凝視してしまう。
「あ……あ、ん……っ」
 ユーリアが色っぽい声とともに身じろぎ、はっとしてエリアスは顔を上げた。彼女の胸に顔を近づけすぎたため、感嘆の溜息が敏感な乳首を刺激してしまったらしい。
 目覚めるかと思ったが、彼女の眠りは深かった。しどけない姿を晒したまま眠り続けている。
 その寝姿の色っぽさに、エリアスの劣情が刺激された。このまま襲いかかってしまいたい欲望にかられる。
 だが、先ほど無理をさせたばかりで疲れきっている彼女に、さらに負担をかけるようなことはできない。
 エリアスは理性を必死にかき集め、滾る欲望を抑えながら、夜着の襟を合わせてユーリアの乳房を隠す。
 再びはだけることのないようにと、ふんわりと上掛けで覆ったのだった。

おしまい

一覧へ戻る