ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

おまえの居場所はここにある

──城を出てから半日以上がたち、いつしか夕暮れに差しかかっていた。
 そろそろ今夜の休息地を見つけねばならないと思っていた矢先、アルバラード軍の一行は、近くに小川が流れる、なかなか広い平坦な場所を通りかかった。
「馬を止めろ! 今日はここで野営をする!」
「はっ!」
 先頭を行くジェイドの声で、後続の兵士たちの動きが一斉に止まる。
 途中何度か短い休憩をとったが、それ以外はひたすら馬を走らせてきたため、さすがに皆疲れた様子だ。それでも、一刻も早く帰国の途につきたいと逸る気持ちが、それぞれの表情に表れていた。
 慌ただしく動きだす兵士たち。
 皆、慣れた様子で各々のすべきことをキビキビとこなしていく。
 その一角で、少し待っているように言われたアシュリーとクリスは、皆の邪魔にならないようにと、停まった馬車の中から窓の外の様子をじっと眺めていた。
「ねぇ、アシュリー。皆、なにをしてるの?」
「野営の準備をしているのだと思うわ」
「やえい?」
「ここで皆と食事をしたり、眠ったりするのよ」
「そうなんだ!」
 兵士たちが何をしているのかわかった途端、クリスは目を輝かせて窓に張りつく。
 外で寝泊まりするなんて初めてだろうに、大人しく見えてもやはり男の子だ。
 無邪気に喜ぶ弟の姿を、アシュリーは微笑ましく見つめた。
 その後、しばらく慌ただしさが続いていたが、程なくして馬車に近づく靴音が聞こえてくる。飽きずに外を見ていたクリスが途端に満面の笑顔を見せたので、アシュリーにはそれだけで誰が近づいてきたのか手に取るようにわかった。
「ジェイド!」
「よう、クリス、いい子にしてたか?」
「うん!」
 馬車の扉が開けられるや否や、クリスは靴音の主に飛びつく。
 小さな身体を胸で受け止めたジェイドは、わしゃわしゃとクリスの頭を撫でまわしながらアシュリーに顔を向けた。
「疲れたか?」
「ううん、平気よ」
「そろそろ食事の準備ができるから行くぞ」
「もう?」
「ああ、慣れてるからな。──クリス、迷子にならないようにちゃんとついてこいよ」
「うん!」
 ジェイドは、まだ足の怪我が治らないアシュリーを抱き上げて身を翻す。
 クリスはそんな彼の上衣の裾をしっかり掴み、キラキラした目でついてきていた。
 その眼差しには憧れと羨望が、いつもより強く入り混じっている。城を出たあと、皆の先頭を走り続けるジェイドの背中に、クリスはますます強い憧れを抱いたようで、馬車の中では『ジェイド、かっこいいね!』と興奮ぎみに何度も口にしていたのだ。
 確かに皆を先導するジェイドの背中はこれ以上ないほど頼もしかった。
 アシュリーは軽々と自分を抱き上げる彼の横顔を盗み見て、急に顔が熱くなる。あんまりクリスが彼を褒めるから、その気持ちが伝染したのだろうか。傍にいるだけで妙にドキドキしてしまっていた。
「アシュリー、あとで……」
「え?」
 そんなアシュリーを見下ろし、ジェイドがふと何かを言いかける。
「……、……いや、なんでもない。それより腹減ったな」
「……?」
 しかし、彼は口を噤み、なぜか目を逸らして話を切り替えてしまう。
 普段歯切れの悪いことを言う人ではないので気にはなったが、それからすぐに皆で夕食を囲むことになり、結局何を言おうとしていたのか聞けなかった──。


+  +  +


 その夜は皆、いつもより高揚しているようだった。
 周辺の警備は欠かしてはいないが、食欲が満たされたあともそこかしこで笑い声が絶えず、陽気に歌いだす者までいる。確実に故郷に近づいているという気持ちが彼らを明るい気持ちにさせるのだろう。
 アシュリーはそんな兵士たちの笑顔を、ほろ酔い気分でぼんやりしながら眺めていた。
「アシュリー様、ぶどう酒のおかわりはいかがですか」
「あ…、いえ。もうお腹いっぱいで……。ありがとう。食事もとてもおいしくいただきました」
「は、はいっ!」
 ぶどう酒を持ってやってきた兵士に礼を言うと、彼はふにゃっと相好を崩し、すぐにキリリと顔を引き締めて背筋を伸ばす。
 ビシッと敬礼をして去っていくまっすぐな背中を見ながら、アシュリーは皆の優しさに自然と顔が綻んでいくのを感じた。
 もう先ほどから何人もの兵士がやってきては、同じようにぶどう酒のおかわりを勧めてくれる。お酒を飲み慣れていないので断るばかりなのだが、何年も孤独に生きてきたアシュリーにとって、その気持ちだけで充分嬉しいものだった。
「本当に、いい人たちばかりね……」
 小さく呟き、アシュリーは少し離れた場所にいるジェイドを見つめた。
 彼は賑やかな輪の中心で部下たちに囲まれてさまざまな話をしている。
 彼自身は食べ終わったらすぐに休む気でいたようだが、ひっきりなしに人がやってきては杯に酒を注がれているうちに、席を立つ機会を失ったみたいだ。
 アシュリーも最初はその輪に混ざり、人が来るたびに大仰に挨拶をされ、たわいない話を交わしていた。しかし、途中でクリスが眠ってしまったため、少し離れた静かなところにこっそり移動して、今は夢心地で皆の様子を眺めて愉しんでいたのだ。
「アシュリー様、お疲れではありませんか?」
「あ、アベル」
 そんなところへ参謀のアベルがやってきて、アシュリーの前に膝をつく。
 彼はアシュリーが一人になると、いつもさり気なくやってくる。特に話すことがあるわけでなくとも、彼なりの気遣いでそうしてくれているようだった。
「私は平気よ。だけどクリスがすっかり眠ってしまって。いつもと違う環境で疲れたのかもしれないわ」
 アシュリーは自分の膝に頭を乗せてスヤスヤと眠るクリスを見つめた。
 初めての野営で興奮ぎみのクリスだったが、食事の途中からこっくりこっくりと舟を漕ぎだし、皆が食べ終わってそこかしこで談笑し合う頃にはすっかり夢の中に身を投じてしまった。
「まだ五歳ですからね。……では、クリス様をテントにお連れしましょう。アルバラードまで先は長いですし、アシュリー様もお休みなってはいかがですか。今は平気でも疲れはあとからやってきますよ」
「でも…」
「遠慮して周りに合わせようとしていらっしゃるなら、そのようなお気遣いは無用です。ここにいる兵士たちは馬並みの体力があるうえに、こういった環境にも慣れている者たちばかりですから。いちいち付き合っていたら身体がまいってしまいますよ」
「……う、ん。そうね。じゃあ、ジェイドに言ってから休むわ」
「そうしてください」
 アベルの言うことはもっともだった。
 彼らと自分とでは体力が違いすぎる。無理に合わせて倒れてしまっては、かえって迷惑をかけてしまうだろう。忠告を素直に受け止め、アシュリーは賑やかな輪の中心にいるジェイドを振り返った。
 だが、年配の兵士が熱心にジェイドに何かを語りかけていて、下手に声をかければ話の腰を折ってしまいそうだ。躊躇していると、アベルもそれに気づいたようで小さく息をついた。
「あぁ、どうやら話し好きの老兵があの中に何人か混ざっているようですね。ジェイド様も抜けだすに抜けだせない様子ですし、私が折を見て伝えておきましょう」
「ありがとう」
 礼を言うとアベルは微かに笑みを浮かべた。
 はじめは彼を怖い人だと思っていたが、最近は時々こんな顔を見せてくれるようになった。その変化を嬉しく思っていると、アベルはアシュリーの膝の上で眠るクリスをそっと抱き上げ、近くに設置された一際大きなテントへと促す。足の怪我を気にして腕に掴まるように言われたが、ゆっくりならば一人で歩けるからと断り、若干眠そうなジェイドの横顔を見てクスっと笑いながらアベルとテントへ向かった。
「──今夜は皆、いつもよりも浮かれているようで、騒がしくして申し訳ありません。周辺の警備は怠っていませんので」
「そんなの気にしないで。私もすごく楽しかったもの」
「それならいいのですが。……ジェイド様が主に引き連れるこの部隊には、幼い頃からあの方を知っている古参の者が多くいるので、時々あんなふうになってしまうんです。下っ端の兵士だろうと関係なく酒を酌み交わす王族などあの方くらいですし、最初はそれをとやかく言う者もいたのですが、やたらと隊の士気が高いうえ、まったくの負けなしだったため、そんな文句も出なくなりましたけど」
 クリスをベッドに寝かせ、アベルはやれやれといった様子で肩をすくめる。
 何だかその光景が想像できてしまい、アシュリーは笑顔で頷く。
 皆、一様に強面なのだが、話してみるとカラッとした性格の人が多く、団結力もある。ジェイドに対しても、決して軽んじてはいない。彼に向ける眼差しには深い敬意が込められており、強く慕っているのが伝わるようだった。
「まだアルバラードにいた子供の頃、ジェイドはあなたたちのことをよく話してくれたのよ。どんな人たちだろうってずっと思ってた。最前線で厳しい現実と向き合うあなたたちのことを話す彼の眼差しは、いつもより大人びて見えたから」
「そうでしたか。荒くれ者が多かったせいで、少々乱暴な言葉遣いまで覚えてしまわれたのがなんとも……」
「そういえば、ライナス伯父様が口が悪くなったってよく嘆いてたかも」
「そうでしょうとも」
 深く頷く姿がおかしくてアシュリーは思わず吹きだしてしまう。
 今夜のアベルはいつもより表情が豊かだ。彼も多少は酔っているのかもしれなかった。
「──おい」
「……っ!?」
 だが、そんな穏やかな空気が流れていたところへ、突如として背後から声をかけられる。
 アシュリーはびくっと肩を震わせて振り返り、テントの入り口に佇む影に驚き、身を固くした。
「おまえら、俺を差し置いて、なんでそんないい雰囲気になってんだ」
 現れたのは、他でもないジェイドだった。
 一体何を誤解しているのか、彼はジトッとした目でアベルを睨んでいる。
 アベルのほうはその様子を表情一つ変えずに眺めていたが、小さく息をつくと何事もなかったかのように口を開いた。
「そんなことより、老兵たちの相手はもうよろしいので?」
「あぁ? そんなの俺がいなくたって勝手に盛り上がれるんだよ。ていうか、おい、そんなことってなんだ」
「クリス様が起きてしまいますので、少し声を落としてください」
「……お、おう」
 アベルの指摘でジェイドはハッとして素直に息をひそめる。
 一拍置いて今度は口をパクパクさせ、「おまえ、アシュリーに惚れてるのか?」などと小声で言いながら近づくジェイドに、アベルはふう…と大袈裟にため息をついた。
「ご安心を。あなたの恋人に横恋慕など、そのような愚かな真似を私がするはずがないでしょう」
「……それ、信じていいんだな?」
「ええ、もちろんですとも。それより、注意すべきことは他にあるのでは?」
「どういうことだ」
「あなたが老兵たちの話に耳を傾けている間、少し離れた場所で休むアシュリー様の様子を、頬を赤くしてぼーっと見つめる兵士たちを何人も見かけました。入れ替わり立ち替わりぶどう酒を勧めにやってきたり、巡回のふりをしてアシュリー様の周りを何往復もしていた者も……」
「なに!?」
「私はそこからお連れしただけですよ」
「そうだったのか……」
「そうです。では私はこれで失礼いたします」
「あ、ちょっと待て」
 そこでアベルは出ていこうとしたが、なぜかジェイドはそれを引き止める。
 まだ何か言い足りないのかと思いきや、彼は口を挟めずにいるアシュリーに一瞬目を向けるも、その横をスッと通りすぎていく。そのままベッドに向かい、眠るクリスを抱き上げて、またアベルのもとへと戻った。
「誤解したことは謝る。まぁ、それは置いといてクリスを預かってくれないか。今夜はアシュリーと二人きりになると決めていた」
「はぁ、それは構いませんが……」
「ああ、わかってる。明日に響くような真似はしない」
「……承知しました」
 アベルは何か言いたげだったが、先まわりしたジェイドの言葉に口を噤む。
 それ以上、口を挟むことはせず、彼は一礼してからクリスを抱きかかえて出ていった。
 足音が遠ざかり、静かになったテントの外から兵士たちの声が微かに聞こえてくる。
 その愉しげな様子を耳にしながら、アシュリーはアベルを見送ったまま動かない広い背中を黙って見ていた。
「──悪かった」
「え?」
「本当はもっと早く切り上げる気でいたんだ」
 やがてジェイドは振り返り、ちょっと不貞腐れた顔を向けた。
 そんなことを気にしなくていいのにと思いながら、アシュリーは首を横に振った。
「私こそ何も言わずにごめんなさい。声をかけようと思ったのだけど、話に熱が入っていたようだったから」
「ああ、あれな。次からは気にしなくていいぞ」
「でも」
「いや、本当にいいんだ。若いやつらに混じって年寄りが何人か混ざっていただろ? 俺が餓鬼だった頃からの付き合いなんだが、あの爺どもは弓や槍の使い手でな。酒が入るとこれまでの武勇伝を語りだすんだ。俺自身はもう何度も同じ話を聞いてる。単に若い連中に聞かせたいだけだから、話の途中で抜けたところで気にもしない」
 そう言って笑うジェイドの眼差しはとても優しい。
 そんなふうに言いながらも、これまで何度も同じ話に耳を傾けてきたのだから、ジェイドが彼らをどれだけ大切にしているかがわかるというものだ。それが皆にも伝わるからこそ彼の周りには人が集まるのだと思い、アシュリーは強く築かれた信頼関係を羨ましく感じた。
「まぁ、そんな話は今はどうでもいい」
 あれこれ考えていると、ジェイドはいつの間にかアシュリーの前に立ち、わざとらしくゴホゴホと咳払いをした。
「どうかしたの?」
 しかし、問いかけると目を逸らし、彼はなぜか頬を赤らめる。
 どことなくソワソワしているのも不思議で、首を傾げて見ていたら、ジェイドはふとアシュリーの怪我をした右足に目を落として、慌てた様子で抱き上げた。
「おまえなぁ、完治するまでは俺に甘えろって言っただろ」
「ごめんなさい」
「……あぁ、いや。別に責めてるわけじゃない」
「うん、わかってる」
 アシュリーは頷き、間近で彼をじっと見つめる。
 すると、ジェイドは少し照れた様子で「わかればいいんだよ」と悪態をつきながら、アシュリーをベッドに座らせた。
「ところで、なにか話があるの?」
「あ?」
「なんだかソワソワしてるから」
「……あ、あぁ、ちょっとな」
 ジェイドは一瞬目を泳がせ、さり気ない素振りでアシュリーの隣にどかっと腰掛ける。
 ベッドの揺れを感じながらアシュリーがその横顔を見ていると、彼はおもむろに懐に手を忍ばせ、そこから一輪の花を取りだした。
「まぁ、なんだ。トカゲが誓いの約束じゃ、確かにちょっとひどいからな……」
 そう言ってジェイドはアシュリーの頭にその花を飾り、目を細めて笑った。
「──あっ」
 そこまで言われて、アシュリーは彼が何をしようとしているのか理解した。
 城を出る直前、ジェイドは約束してくれたのだ。子供のときの悪戯まじりの将来の誓いではなく、ちゃんとしたプロポーズをやり直してくれると。
「このお花、いつ用意したの……?」
「皆が野営の準備をしている隙に、散歩のふりして森のほうへ足を延ばしてみた」
「そうだったの」
 ジェイドが花を摘む姿なんて想像できない。
 こっそりあとをつけて見たかったなどと思いながら、アシュリーは胸に仕舞った手鏡を取りだした。
「なんてところに仕舞ってんだ」
「だって他に場所がないんだもの。それより、すごく素敵なお花ね…っ。ジェイド、ありがとう」
 懐に入れていたわりに傷みがなく、摘んできたばかりのように瑞々しい。
 アシュリーはさまざまな角度に手鏡を動かしながら、こめかみ近くに飾られたその花を夢中になって眺めていた。
 そんな様子にジェイドは唇を綻ばせ、ゆったりと脚を組みながら囁く。
「指輪は国に戻ってからな」
「えっ」
 アシュリーはびっくりして目を丸くする。
 そこまで色々と現実的なことを考えてくれているとは思わなかった。
 真っ赤な顔で彼に目を向けると腕を取られ、蕩けるような柔らかな眼差しを向けられた。
「なぁ、アシュリー。俺はおまえに結婚しようだなんて同意を求める気は更々ないんだ。俺たちは結婚する。強引だと言われても、ずっとそう決めていた」
「……っ」
「だから、わかるよな。ここが一生おまえの居場所なんだってこと」
 そう言って、手のひらを彼の胸に押し当てられると一気に顔が熱くなり、胸がいっぱいになってしまった。
「ジェ…ド……ッ」
「な?」
「……ッ、はい…っ」
 一言一言の響きが無性に優しくて、何よりも彼らしくて涙腺がおかしくなる。
 アシュリーはぽろぽろと涙を零しながら頷き、ジェイドの胸に力いっぱい抱きついた。
 強引といえばそうなのだろう。
 けれど、どこにも居場所がなかったアシュリーにとって、これ以上の言葉などありはしない。
 まるで夢のようだ。
 背に回された温かな腕を感じ、この現実を心に刻むため、アシュリーは自ら彼の唇に口づける。自然と舌を絡め合い、間近で見つめ合いながらベッドに組み敷かれ、その身体の重みにこのうえない幸せを感じた。
「私、結婚しても、あなたをずっと追いかけていたい……っ!」
「あぁ、そうだな……。俺たちにはそれくらいがちょうどいいよな」
 ジェイドは囁きながらアシュリーの耳たぶを甘噛みする。
 彼の吐息は熱く、背筋を震わせると、うなじや鎖骨に口づけられ、胸の膨らみをきつく吸われて赤い痕をつけられた。
「ん…っ」
 小さな痛みが走り、微かに喘ぐとその部分を優しく舐められる。
 ジェイドは顔を上げ、アシュリーの胸につけた所有の印を指先でなぞり、愉しげに目を細めた。
「──まぁ、遠目に見ている分にはいいさ。触れられるのは俺だけだ」
「……?」
 あまりに小さな声だったのでよく聞こえなかった。
 首を傾げるとジェイドは「なんでもない」と言って、もう一度胸元に口づける。
 この赤い痕に何の意味があるのか、アシュリーはいまだ謎のままだ。
 けれど、彼につけられたものだと思うと大事にしたくなり、徐々に消えていくのをいつも少し寂しく感じていた。新たにつけられた痕はそこから熱がジワジワと全身に広がるようで、自然と息が上がっていく。
「声を抑えておけよ。俺以外に聞かせたくないだろ?」
「あ、あぁ…っ!」
 胸をまさぐられ、言われたそばから声を上げると、ジェイドは小さく笑う。
「……早くアルバラードに帰ろうな」
「……っ」
 掠れた囁きに、一層息が上がる。
 ジェイドの瞳はアシュリーを捉えて離さない。
 その強い眼差しに胸が詰まり、またポロポロと涙を零した。
 二度と故郷に帰る日は来ないと思っていたのに、誰より会いたかったジェイドがそれを叶えてくれようとしている。
 もう少しで手が届く。
 止めどなく流れる涙を彼の唇で拭われ、身体中を熱い手のひらで触れられる。
 想いを刻むように、ジェイドは甘く激しくアシュリーを快楽へと導き、アシュリーもまた、彼の与えるすべてを手にしようと、その熱い身体を抱きしめ続けた──。

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