ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

贈り物と告白と

 恐れを知らぬ獣のように、今まで幾千もの敵を斬り伏せてきた伝説の騎士は今、小さな宝飾店の前で、岩になったかのように動けずにいた――。

 イルヴェーザの獣と揶揄される凶悪な顔立ちと、数々の物騒な武勲を持つ伝説の騎士カイル=グレンにとって、いま目の前にある小さな店は戦場よりも恐ろしいと思える場所だった。
『子猫のベル』と彫られた愛らしい木造の看板を掲げるその店は、貴族の令嬢たちに評判の宝飾店だ。
 カイルの住むカサドの街に最近できたその店は、イルヴェーザ国だけでなく他国からの客も多い人気の店で、女性が好むかわいらしい商品をたくさん取りそろえている。
 よって、店の中にいる客も女性が多く、男性の姿は付き添いと思われる者ばかりで人数も少ない。
 そんな場所に、女性を震え上がらせることにかけては右に出るものがいないだろう自分が入っても大丈夫だろうかと思いかけて、カイルは慌ててここに来た目的を思い出す。
(イルヴェーザの獣とまで呼ばれた自分が、こんなところで臆してどうする。今日こそ、ハイネのために指輪を買うと決めたではないか)
 脳裏に浮かんだのは、半年ほど前に恋人となった最愛の女性ハイネの顔だ。
 とある事件を経てようやく想いを結んだ彼女と、カイルは近いうちに婚約を交わしたいと思っていた。
お互い恋の経験がなかったから、しばらくの間は「恋人」として過ごすのも悪くないと思いそうしていたが、さすがにそろそろ正式に彼女を伴侶にしたいとカイルは考えていた。
ただ告白は既に一度失敗しているため、今度こそはヘマをしないようにせねばとカイルは自分に言い聞かせる。
そのためにも、改めて彼女に似合う指輪を自分で買わねばと、カイルはようやく覚悟を決め、店の戸に手をかけた。
「いらっしゃ――」
 だが店員の声が不自然に途切れ、向けられた笑顔がぎこちなく硬直しているのを見て、カイルはやはり場違いすぎたかと後悔する。
 左目の傷が目立つ凶悪な顔立ちと、筋肉で覆われた岩のような巨躯を持つカイルは、特に女性や子供を震え上がらせることが多い。中には悲鳴を上げ、泣きだす者さえいるほどだ。
 ハイネと付き合うようになり、以前と比べれば表情もやわらかくなったと言われるが、やはり宝飾店に来るような女子たちには衝撃が強いらしく、客たちはおののき、店員は動きを止めていた。
 そんな中、カイルはゆっくりと扉を閉め、そっと店の奥にある陳列棚の方へ移動する。
こういう時に重要なのは、自分に敵意が無いのを相手に示すことだ。
故に彼は鋭い視線を地面に向けて、客たちを怯えさせないようなるべく人目につかない大きな棚の後ろに立つ。
店内の者たちの緊張が解れ、店の雰囲気が穏やかになるまでしばらく静かにしていようと、カイルはため息をこぼした。
(……これは)
 そんなとき、カイルは宝飾店には不似合いな商品に目をとめた。
 それは柄に宝石がちりばめられた銀のナイフだった。
宝石はもちろん、彫り物も品が良く美しいが、店の隅に追いやられているということは、あまり売れてはいないのだろう。
宝飾店に来るような令嬢が指輪よりこちらを選ぶことはまれだろうし、手入れは行き届いているが、もうずいぶん長いこと棚に置かれているに違いない。
 そんなナイフを手に取り、カイルは軽く振ってみる。宝飾品ではあるが、柄と刃のバランスも良く、サイズも小さいので女性でも扱いやすそうだ。
(ハイネはすぐ面倒ごとに巻き込まれるから、護身用に持たせるのも良いかもしれない)
 この国では馴染みのない容姿故に、いらぬ誤解を招き、荒事に巻き込まれるのがハイネという女性だ。
 普段は自分が側に張り付き守っているが、万が一のため何かしらの武器を持たせたいとカイルはずっと思っていた。
(だがやはり、嫌がられるだろうか……)
 以前一度、武器の所持を勧めたときはハイネに怪訝な顔をされたが、あのとき勧めた武器とは違い、これは宝飾品だ。
(アクセサリーに刃がついたようなものだし、これなら問題ないだろう)
 そもそも、ハイネへの贈り物を一つと定めるつもりもなかったし、あわせて指輪を贈れば、考え直してくれるかもしれないとカイルは小さく微笑んだ。
 そして彼は、本来の目的である指輪を探そうと、店の中央を振り返る。
 さすがに警戒も解けているだろうと思ってのことだが、窺い見るとなぜだかまだ店員や客たちの表情がこわばっている。
 そこまで警戒することはないのにとため息をついて、そこでカイルは自分とは別の男が一人、店の中央に立っていることに気づいた。
 その面立ちはずいぶんと凶悪で、場違いな客がいるなと自分の容姿を棚に上げて考えていると、男が宝飾品の棚に手をたたきつけた。
「ここにある宝石を、この袋に全部詰めろ!」
 荒々しい口調と、男が握るナイフに今更気づき、カイルは店の空気が凍り付いた本当の訳を知った。
 反射的に手に持っていたナイフを投げようとして、慌ててそれを棚に戻す。
(試し斬りがしたいところだが、さすがに血が付いたナイフは渡せない……)
 それに武器を用いねばならないほど、相手は屈強なようには見えない。
 これならばすぐに片が付くだろうと、カイルは身を潜めていた棚の陰から滑り出た。
「馬鹿なことはやめて、そのナイフを床におけ」
 静かに告げるカイルの口調や顔に、この店に入ったときの戸惑いはもうなかった。


■■■      ■■■


「いったい、どうなさったんですか!?」
 宝飾店での買い物と捕り物を終え、ハイネと会うため彼女の家が営む酒場に向かったカイルを待っていたのは、ハイネの悲鳴にも似た声だった。
 彼女は大きな瞳が零れそうになるほど目を見開き、捕り物の際に泥で汚してしまったカイルの衣服を凝視している。
「ちょっと、荒事があっただけだ」
「お怪我は?」
「あるわけがない」
 カイルの想像通り、店員を脅していた相手は弱く、すぐに捕縛できた。
だが店内には男の仲間も潜んでおり、逃げ出したその男を追いかける途中で服が汚れてしまったのだ。
「それより、君に話しがある」
 叶うなら二人きりになりたいと告げると、ハイネは店の奥にある自室にカイルを誘った。
「その前に、服の汚れを落とさせてください」
「いや、それより先に……」
「だめです、さあ上着を脱いでください」
 どちらかといえば内気な方なのに、ハイネはカイルに対して物怖じしない。
 恋人となる前から、彼女はカイルを怖がらず正しい意見を主張するのが常で、そういう部分に彼は惹かれたのだ。
 だから強くでられると断ることもできず、汚れた上着をハイネに手渡す。
「あの、これは……?」
 だが手渡してから、カイルは自分の失態に気がついた。
 ポケットには、先ほど買ったばかりの指輪の小箱とナイフを入れており、手渡した際にそれがハイネに見えてしまったのだ。
 本当はもう少し雰囲気を作ってから渡したかったのにと後悔しながら、カイルはナイフを引っ張り出す。
 だが贈り物は取り出せても、告げる予定だった言葉は、どうにも上手く出てきてくれない。
(やはり俺は、こういう事が苦手だ……)
 いっそ再び強盗でも出てきてくれたら、いつもの調子を取り戻せるのにと思ったが、もちろんそんなにうまくいくはずもない。
(それに、強盗に頼るのは情けなさ過ぎるか……)
 心を決めて、ここは男らしく結婚を申し込もうとカイルは決める。
 そして彼は騎士らしく膝をつき、自分の想いとナイフをハイネに差し出した。
「俺と、結婚して欲しい」
 甘い言葉は何一つ出てこなかったので、短い言葉にカイルは想いの全てをのせた。
 それにハイネは目を輝かせたが、カイルが差し出すものに目をとめた直後、小さく首をかしげる。
「嬉しいです。でも……」
「まだ、早すぎたか?」
「いえ、そうではなくて」
 苦笑を浮かべながら、ハイネは上着のポケットから覗いていた、指輪の入った小箱を取り出す。
「私はナイフでも構わないのですが、たぶんこちらが正解ですよね?」
 ハイネの言葉に、カイルは自分の失態に気づき慌てて立ち上がる。
「……もう一度、やり直しても構わないだろうか?」
 尋ねると、ハイネは愛らしい笑顔で頷いた。
それだけで告白の答えは分かったけれど、カイルはもう一度、今度は指輪を手に跪く。
 間違えないようにと心の内で繰り返し、そして今度こそ、彼は告白をやり遂げたのだった。


【了】

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