ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

甘くて淫らな贈り物

「懐かしいわ……見て、ルシアン。あの森の向こうに見える街並みも、古い教会も変わっていないんですね」
 秋の気配をおびはじめた晩秋の風が、丘の上を涼やかに吹き抜ける。結ったハニーブロンドのおくれ毛をふわりと揺らしながら、ノエルは穏やかに微笑んだ。
「ああ。こうしてきみとここにいると昔を思い出す。私たちがはじめて出会った、あの頃のことを」
 ノエルの隣にたたずむ美貌の紳士は、彼女の夫――名門家の若き伯爵、ルシアン・ランチェスターだ。
 幼い頃、ふたりはこの避暑地で出会った。ノエルは、身をていして自分を危険から守ってくれたルシアンと恋に落ち、婚約を結ぶまでの仲になったのだ。
 それから何年かが過ぎ、この夏、ふたりはランチェスター家の素晴らしい城館で豪華な結婚式をあげた。美しい新郎新婦の写真はしばらくのあいだ新聞雑誌の社交欄を飾り、人々の羨望の溜め息を誘ったのだった。
 そして――挙式後のあわただしさも一段落したころ、ルシアンはノエルを誘って思い出の場所にやってきた。
「来てごらん。屋敷を案内しよう」
 ノエルの生家であるレディントン家は没落してしまったため、かつて幼い彼女が夏を過ごした邸宅はもう人手に渡ってしまっている。けれどランチェスター家の屋敷は優雅な外観もそのままに、新婚夫婦を迎え入れた。
「いまでもずいぶんきれいに手入れされていますのね。最後にここに来たのはずいぶん前になりますけど、おぼろげに憶えていますわ。あの窓から見える栗の木も……」
「父が亡くなってから、毎年夏は叔父上がこの屋敷を使ってくれていたんだ。誰かが暮らさないと建物は傷んでしまうからね」
 すでに荷物は広々とした夫婦の部屋に運び入れられ、数日間だけの短い滞在だが、快適に過ごせそうだった。
「……婚約してから、ずいぶんいろいろなことがあったような気がします」
「ああ。だがもうけして、きみを離さない。ずっと一緒だ」
 ふと感慨深い思いに、ノエルは瞳を潤ませる。そんな気持ちをおもんばかるようにルシアンは彼女の肩をしっかりと抱き寄せ、ふたりは長いあいだ、じっと窓辺に寄り添った。
 こうして穏やかな時間のなか、ノエルはルシアンとふたりで夕食をとり、サロンで食後のお茶を楽しんだ。
「ここが気に入ったかい、ノエル」
「ええ、とても。来年の夏はお母さまも連れてきてあげたいくらいですわ」
「それはいい。ぜひそうしよう――さあ、そろそろ寝ようか。きみは先に入浴を。寝室で待っていなさい」
 暖炉に置かれた時計を見て、ルシアンはノエルの頬をそっと撫でる。
 秘められた艶めかしい想いを愛しい夫のまなざしから感じとって、ノエルの心臓もとくんと小さく高鳴った。
「は、はい」
 はにかみながら席を立ちあがりかけると手をとられ、さらに耳元で煽るようにつぶやかれる。
「いつもとちがうところでするのも、好きだろう?」
「そんなこと、あ、ありませんったら」
 いたたまれなくなって、淡く頬を染めたノエルは逃げるようにサロンをあとにした。
 夫婦の寝室の隣に用意された浴室に入ると、すでに琺瑯(ほうろう)の浴槽には湯がたっぷりと張られている。結い上げた髪をほどいて衣服をすべて脱ぎさると、薔薇の香りのするシャボンの中に身を沈めた。
「ああ、気持ちいい……」
 ほっと息をついたものの、ルシアンからおかしな言葉で誘われたせいか、なんだかいつになく胸がドキドキしてしまう。
 肌を洗っているだけなのに身体の芯がとろりと火照っていくようで、そんな自分が恥ずかしくてたまらなかった。
 これも、夜ごと夫の倒錯的な愛撫に溺れたせいなのだろうか。
 ――あぁ……だめ……こんな……。
 これからルシアンに愛してもらうのが待ちきれないというように、全身がずきずき疼いてたまらなくなる。まるで強いお酒に酔ったような陶酔感に、腰の奥が甘く脈打って追い立てられていく。
「あ、ぁ……やぁ……ど、うして……?」
 軽く撫でただけで薔薇色の乳首がぴんと尖る。淫らな疼きが蜜となって秘所を潤すのがわかり、さすがにノエルも自身の身体に違和感をおぼえて、うろたえた。
 もしや、ルシアンに怪しげなものでも飲まされていたのだろうか――いつもは紳士的で優しい夫だが、ことノエルを愛することにかけてはどんな抑制もきかないところがある。
「も……、ルシアン、ったら……」
 このままでは、どんどん身体が火照っておかしくなってしまう。冷たい水でも飲んで、はやく頭をすっきりさせたかった。
 はぁはぁとあえぎながら浴槽を出て、バスローブを取ろうと腕を伸ばすと、
「もう上がってしまうつもりかい? まだ、いいだろう」
 素肌にガウンをまとった姿のルシアンが浴室に入ってきて、きゃっと慌てて浴槽に身を沈める。
「ル、ルシアン」
 優美な紳士の裏に隠された、妖艶な征服者の顔。ガウンを脱ぎ捨てて浴槽に入ってくるルシアンに、ノエルは真っ赤になってしまう。
「どうしたんだい。さほど熱くもないのに、湯あたりでもしたようだ」
「あ、だめです……、いま、触れたら、あ、あぁあ……っ」
 ぬめるような真珠色の光沢をはなつ乳房を大きく揉みしだかれて、ノエルはいやいやと身悶えた。
 いつもより数倍強い官能の歓びが腰奥を突き上げ、びくんと身体が跳ねあがる。
「ずいぶん今夜は感じやすいようだ。やはりちがう場所で興奮しているんだ」
「……っ……お、お許しください……身体が、おかしいの……」
「それは奇遇だな。じつは、私もだ。さっきから身体が熱くてたまらない。どうやら媚薬を仕込まれたようだが、そのようすではきみの可愛らしい悪戯でもなさそうだな」
「あ、あたりまえですっ。媚薬、なんて……っ、あ、やぁあん……」
 まさかルシアンまで自分と同様の状態になっているとは、いったいどういうことなのだろう。混乱してしまうが、抑えのきかないルシアンにくちづけされながら下肢をいやらしくまさぐられ、たちまち濃密な法悦の虜になってしまいそうになる。
「まあいい。相手はだいたい察しがつく……それよりもいまはきみに夢中だ」
「ん、あ……、相手って、どなたが……ああ、ルシアン……、こんなこと、お風呂で……だめ、なの……ぉ」
「そう言いながら腰が揺れてしまっているじゃないか。この指を奥まで入れて、ゆっくりなかをかきまわして欲しいんだろう。それからもっと太くて硬いもので、感じるところをずんずん突かれて気持ちよくなりたいんだろう?」
 欲望と情熱を秘めた熱いまなざしに魅入られて、ノエルの心が甘く溶けくずれていく。
「い、いや……おっしゃらないで……」
「言いなさい、いつものように。本当の自分を見せてごらん」
「ああ……あ……」
 そう、本当の自分をさらして――淫らな欲望を口にするとき、ノエルは身も焦げんばかりの羞恥にかられながらも、同時にたまらなく深い官能の愉悦を覚えてしまうのだ。
「はしたない言葉を口にするきみにとても興奮するんだ。今日はどうにも抑えがきかなそうでね……だから、きみもたっぷりと愉しむといい」
 湯の中で、蜜をこぼす花びらをくちゅくちゅと焦らすように撫でまわされる。
 ぷくんと膨らんだ雌しべをクリクリといじられて、媚薬に悶える肢体はたちまち淫蕩な快感を受け入れ、花ひらいていった。
「あぁ……旦那さま……ぁ」
 スミレ色の瞳を恍惚と潤ませ、腰を波うたせたノエルはとうとう夫にすがりついた。


 こうして、新婚の伯爵夫妻が浴室で淫らな戯れにふけっているころ――。
 サロンに残っていた茶器を、若いメイドが片付けていた。
 今日のお茶はルシアンが好む最高級品、そして一緒に添えたチョコレートボンボンはノエルが持参した高級菓子のひとつだった。婚礼祝いとしてあまりに大量の贈答品が贈られてきたので、こうして旅行などの機会にすこしずつ食べるようにしていたのだ。
 けれど、ノエルはまだ気づいていない。そのチョコレートボンボンの箱に添えられた、小さなカードのことを。
 そして、そのカードにこう書かれた流麗な文字が書き添えられていることを。

『新婚の甘い夜に、ささやかな刺激を贈ります――F』

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