ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

三日後の甘い夜

 ──それは例の無人島から戻って三日が経った夜の出来事だった。
「あら? ラファエルがいないわ……」
 寝室に戻ったアンジュは、ベッドに横になっていると思っていたラファエルがいないことに気づいて廊下を見回す。
 つい十分ほど前まで、彼は居間で両親とたわいない会話をしていた。
 しかし夜も更けて眠くなったようで、小さなあくびをすると立ち上がり、皆におやすみの挨拶を済ませて寝室に向かったはずだったのだ。
「どこへ行ったのかしら」
 アンジュはラファエルを探しに廊下を引き返す。
 平時ならこの程度のことは気にもしないが、今の彼は頭を怪我して医者から安静にするように言われている身だ。アンジュも彼と一緒に居間にいたが、この三日間は寝る前に彼の額の傷に薬を塗って包帯を替えるのが日課となっていたので、綺麗な包帯を用意して寝室へ行くまでのわずかな時間だった。
「……あっ、あんなところに」
 アンジュは廊下を歩きながら何気なく窓の外に顔を向け、バルコニーに立つ人影にふと目を留める。
 月明かりの下で見えるのは、ぼんやりとした黒い影だけだ。
 だが、アンジュには雰囲気でそれがラファエルだとわかり、そのまま彼のもとへ向かった。
「ラファエル」
 バルコニーへと続く部屋に入り、窓を開けて声をかけると、ラファエルはわずかに肩をびくつかせて振り返る。
「……アンジュ?」
「こんなところでどうしたの?」
「あ、あぁ…。少し風に当たってたんだ」
「え? 風って……」
 彼は一瞬驚いた様子を見せたが、アンジュが手に持つ包帯を目にして自分を探していたと気づいたようで、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 けれど、アンジュは彼の言葉に疑問を抱く。
 風に当たっていたと言うが、こうして少し窓を開けているだけでもひんやりした風が屋内に吹き込んできて、ぶるっと身を縮ませるほどだ。
 アンジュがラファエルの髪が風に靡くのを見ていると、彼は取り繕うようにいつもの人懐こい笑みを浮かべた。
「えーと…、もう戻ろうかな。包帯替えてもらわないとね」
「ええ……」
 そう言ってバルコニーから戻り、窓を閉める彼の周りの空気はひんやりしている。
 かなり身体が冷えているように思えて、アンジュは彼の腕に触れた。
 ラファエルはそれに一瞬びくついたが、若干困ったように笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
 もしかして、あの島でのことを思いだしていたのだろうか。
 昨日まで、アンジュたちは今回の騒動を心配して屋敷に訪れたさまざまな関係者の応対に追われていたが、今日は比較的平穏だった。旅行を切り上げてとんぼ帰りしてきた彼の両親がすべての経緯を把握すると、自分たちを休ませるために訪問客の応対をすべて引き受けてくれたからだ。
 今日のラファエルは食欲もあったし、誰とでも普通に会話しているように見えた。
 しかし、時間ができたことで、改めて考えてしまっても無理はない。あの島ではそれほどのことがあったのだ。
 ──そういえば、今日はいつも以上にラファエルの視線を感じた気がするわ……。
 目を合わせるとすぐにニッコリと笑顔を向けられたからあまり気にしていなかったが、彼は思わぬところで悩みを抱えるときがある。
 いつも以上に感じていた視線は、何か訴えたい悩みがあるからだと思い、アンジュは顔を引き締めて彼と共に寝室へ向かったのだった。


+  +  +


「ねぇ、ラファエル。私にしてほしいことがあったら、なんでも言ってね」
「……えっ」
 着替えを済ませて彼の包帯を替え終わり、アンジュはさりげなくそう言った。
 ラファエルはベッドに横になろうとしていたが、その途中で固まり、びっくりした顔をしている。
 彼だって男だ。
 悩みがあったところで、プライドがあるだろうし言いづらいこともあるだろう。まずは彼が甘えられるきっかけになればと思ってのことだった。
 視線がぶつかると、彼はあからさまに動揺を顔に浮かべてサッと目を逸らす。
 ──やっぱりラファエルには訴えたいことがあるのね。
 そう確信したアンジュは彼の手にそっと触れ、できるかぎり優しく囁いた。
「ラファエル、今日までろくに休めなかったでしょう? 私にできることならなんでもしたいの」
「あ……、あぁ…、なんだ、そういうことか……」
「……? そういうことって?」
「あっ、いや、なんでも。……うん、ありがとう。だけど俺、そんなに疲れてないよ。今日は一日中のんびりしてたし、充分すぎるくらい休んでる」
「本当…?」
「本当だよ。…さぁ、もう寝ようか」
「ええ……。でも、本当に遠慮しないでなんでも言ってね?」
「ん、わかった。ありがとうアンジュ」
 ラファエルは頷き、アンジュの頬にキスをして今度こそ横になる。
 少し笑顔がぎこちないのが気になるが、無理に聞き出しても意味はない。
「おやすみなさい」
 アンジュは少しでも彼を癒やせるようにと、彼の頬にキスを返してから大きな身体を抱きしめる。
 ラファエルはわずかに息を震わせていたが、何も言わずにすぐに目を閉じた。
 程なくして聞こえてきた規則正しい寝息が頭の上で聞こえ始め、アンジュもまた誘われるように眠りに就いたのだった──。


 ──しかし、それからしばらくしてからのことだ。
 実際にどれほどの時が経ったのかはわからないが、異様なまでの息苦しさを感じ、アンジュの意識は急激に現実に引き戻されようとしていた。
「ん、んん…っ、っは…──」
「……あっ」
「あ、はあ…っ、……ラファエル? ……えっ?」
 不意に目を開けると、なぜか間近にラファエルの顔があった。
 それに驚いたのと同時に、アンジュが自分の胸に違和感を覚えて視線を動かすと、ネグリジェの下から突っ込まれた彼の手に直接胸を鷲掴みされていることに気づいた。
「……っ」
 目が覚めていきなりのこの状況にアンジュは何も反応できない。
 間近にあるラファエルの顔を呆然と見ていると、彼は目を泳がせてそろそろと手を引っ込める。そのままぱたっとベッドに倒れると、あろうことか目を閉じてすやすやと眠り始めたのだった。
 まさかの狸寝入りにアンジュが呆気に取られている中、寝息を装った呼吸音が数秒続く。
 だが、さすがに誤魔化せないと思ったのだろう。
 程なくしてラファエルは一旦閉じた目をそっと開け、アンジュのほうをチラッと見て小さく謝った。
「ごめん。こっそりキスしてたんだ」
「……キス」
 言われてアンジュは自分の唇に指で触れてみる。
 確かに彼と深いキスをしたときの感触が口の中に残っていた。
 しかし、こっそりしていたのはキスだけだろうか。もやもやしたものを感じながらも、ひとまずそこは置いておき、息苦しさの正体に一応の納得をしてアンジュはラファエルに問いかけた。
「どうしてこっそりしてたの?」
「それはその…っ、…──」
 ラファエルは何かを言いかけるも、結局黙り込んでしまう。
 けれど、その後も何かを言いかけようと口をぱくぱくしていたので、アンジュが黙って待っていると、やがて彼は観念した様子で項垂れた。
「だって、何日か安静にするように言われて今日で三日が経つんだよ……?」
「そうね……」
「俺…、もう我慢の限界で……」
「……我慢?」
「ね、ねぇアンジュ…っ! 何日かってさ、具体的には何日間なのかな?」
「え…? 具体的? そ、そうね……。普通は二、三日くらいだと思うけど、ラファエルの場合は頭の怪我だし一週間くらいかしら……」
「一週間!?」
 ラファエルは愕然とした様子で目を見開く。
 どうにも今一つ理解が追いつかないアンジュだったが、頬を引きつらせ、「一週間も生殺しなんてひどい……っ」と悲壮な顔で嘆く声を聞き、徐々に彼の事情がわかってきた。
 おそらくだが、ラファエルは欲求不満なのかもしれない。
 おとなしく眠っていられないといった様子で、今もじっとこちらを見ている。こっそりキスをしたり胸を触っていたのも、どうやらそのせいで引き起こされた行動のようだった。
「……わ、私、てっきりラファエルに悩みがあるのかと……。寒いのにバルコニーで風に当たってるなんて不自然だったし」
「バルコニー? あぁ、あれは冷たい風に当たって火照りを静めてただけだよ」
「そ、そうだったの……」
「だって俺たち、あんなに毎日何度も愛を確かめあってたのに、もう三日もしてないんだよ? やっと色んなことが落ち着いて、お互いの心も前よりうんと近づいたのにさ……」
「ラファエル……」
 アンジュはなんと答えていいかわからない。
 もう少し様子を見てからのほうが…と言いたいところだが、相当切羽詰まった様子を見ると酷な話にも思える。あの無人島での彼の人並み外れた体力を見たあとでは、おとなしくしているだけの生活では色々と有り余ってしまうのも理解できなくはないのだ。
「──じゃ、じゃあアンジュ…ッ、少しなら、どうかな!?」
「え?」
「少しだけ激しく動くのなら、大丈夫だと思わない?」
「……えぇ!? それはなんだか矛盾した話のような」
「どうして!? だってほら、少しだよ? ちょっとだけなんだよ…っ!?」
「……っ」
 少しとかちょっととか、どの程度の行為を言っているのかアンジュにはさっぱりわからない。
 返答に詰まっていると、ラファエルは頬を上気させてぐっと顔を近づけてきた。
「アンジュ、安心して! 三日もしてなかったからきっと一瞬で終わっちゃうよ…っ! それにこのままじゃ朝まで悶々として眠れないだろうし、絶対身体にもよくないと思うんだ!」
「う…、うぅ……」
「あっ、アンジュの胸の先、もう尖ってるっ!」
「えっ? あっ、どうして触って…ッ」
「嬉しいよ、さっき弄ってたときに感じてくれたんだね!」
「ちょっと待って。あっあっ、なん…っ、ラファエルったら……ッ!」
 ラファエルはいつの間にかネグリジェに手を突っ込んでいて、勝手にアンジュの胸を触っていた。
 まだ返事もしていないのにと身をよじったが、この程度ではろくな抵抗にならない。そのうちに彼は息を弾ませてアンジュを組み敷き、強引に事に及ぼうとしてきた。
「ん、んん…っ」
 激しい口づけをされ、重なった唇から感じる想像以上の熱に動揺しながらもアンジュは甘い喘ぎを漏らしてしまう。
 簡単に頷けないのは彼の怪我が心配だからであって、本心を言えば、好きな人に求められているのに抵抗などしたくはなかった。
「は、あ…っ、あぁ……ッ」
「アンジュ、すごいよ。ココも、もう濡れてる。ねぇ、この音聞こえる? アンジュも俺がほしかったの?」
「あぁっ、そんなところをいきなり……っ」
 ラファエルはネグリジェを捲り上げるとドロワーズに手を突っ込み、アンジュの秘部を淫らに触れながら耳元で意地悪に囁く。 
 ドロワーズは腰の紐を外して緩めないと手を入れる隙間なんてないはずなのに、なぜ最初から緩めてあるのだろうか。
 しかし、アンジュはそんな疑問を抱く余裕さえない。くちゅくちゅとわざと音が立つように擦られ、そのうちに指を中に入れられてさらに甘い声を漏らすばかりだった。
「やっ、ああう……っ」
「アンジュ、最後まで、してもいい? いいよね? 無茶しないから、ね? ね!?」
「~…ッ、う…ん」
「ホント!? ホントにいいのッ!?」
「そっ、その代わり……、終わったら、しっかり休まないと……」
「もちろんだよ…っ!」
 途端にお日様のような笑顔を浮かべたラファエルに顔中キスをされる。
 一応予防線を張りつつも、彼の必死なお願いに絆されてしまう自分は甘すぎるだろうか。
 アンジュは息をついて大きな身体を抱きしめ、その首筋に唇を寄せた。
 どちらにせよ、本人が一瞬で終わると言うのだから心配しすぎなのかもしれない。
「──俺、今夜はいくらでもがんばれる……」
「えっ」
「ん? なに? 空耳でも聞いた?」
「そ…、空耳?」
「そうそう」
「……」
 爽やかすぎるラファエルの笑顔にアンジュはごくっと喉を鳴らす。
 別の予感が一気に芽生えて動揺が隠せない。
 もしかして早まっただろうか。
「んん…ッ!」
 けれど、すぐに思考を奪うようなキスをされ、徐々に何も考えられなくなっていく。見る間にネグリジェも下着も脱がされ、彼の太い指で再びアンジュの中を柔らかく執拗にかき回されるのが堪らなかった。
 熱い舌、吐息。
 抱きしめる強い彼の腕の力にくらくらする。
 そのすべてで全身を愛でられ、いつしか彼の望むままに身体を繋げていた。
「アンジュ…ッ、好きだ、大好きだよ……っ」
「あぁあ…っ!」
 少しだけ激しく動くなんて、やはり矛盾した話だった。
 ──これが終わったら、もう一度説得をしてみよう……。
 想いをぶつけるような激しい律動に翻弄されながら、アンジュは頭の隅にそれだけ思い浮かべた。
 しかしこの後、若さゆえのラファエルの回復力と有り余った三日分の体力、そして自分の甘さをアンジュが思い知ることとなったのは、言うまでもないのかもしれない──。

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