ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

幸せな結婚式

 二度目の結婚式を挙げた日の夜は、満天の星が広がっていた。
 結婚式には、遠征先から戻ってきたばかりのノランが所属する部隊の人たちも参加してくれて、さらには父やカレン、回復したばかりのクライスにラミアカース夫妻たちもシンシアたちを祝福してくれた。たくさんの祝福の中でノランと踊ったダンスは、今までの中で一番楽しくて幸せだった。
 だから、ほんの少しだけ羽目を外してしまった。
「シンディ、大丈夫?」
「ん――……、平気。大丈夫」
 長椅子に座らされノランに肩を抱かれながら、シンシアは心地よい酔いに身を委ねていた。祝いの言葉をくれる人たちに促されるままその都度乾杯をしていたシンシアを見かねて、ノランが会場から連れ出してくれたのはつい先ほどのこと。
「とてもそうは見えないよ。……まったく、こんなになるまで飲んで」
 確かに自分でも少し飲み過ぎていることは分かっていた。お酒に弱いことも十分分かっていたが、それ以上に今日の日を迎えられたことが嬉しかったのだ。とはいえ、足取りがおぼつかなくなる前にノランが別室に運んでくれなければ客人たちの前で醜態を晒す羽目になっていただろう。
 だが、今のシンシアにはそれすらも他人事で、ふわふわした酔いが楽しくて仕方なかった。
「シンディも、すすめられるまま飲んだりしたら駄目だろ」
 お酒に弱いくせにとぼやく声も、酔いのせいか今夜はそれほど怖くなかった。
「いいの、だって嬉しいんだもの」
 クスクスと笑って、ノランの首にしがみついた。
「わっ……」
 体勢を崩したノランが、咄嗟に背もたれに手をつく。
「シンディ、危ない。急に引っ張らないで」
「おかえりなさい」
 ギュッと抱きつけば、ノランがやれやれといったふうに抱きしめ返してくれた。
 領地に落ち着きたいと希望を出したところで、すぐに要望が通るわけでもなく、蜜月休暇を終えたノランは、早々に遠征へ行ってしまった。その間、三か月だ。最初は一か月だと聞かされていた期間が二か月になり、三か月に延びた。
 遠征先から届く手紙にはシンシアへの溢れるほどの恋慕が綴られていた。
(……やっと会えた)
 ノランが戻ってきたのは、今朝のことだ。
 シンシアが猫のようにすり寄れば、ノランも小言を言うのを諦めたのか、「ただいま」と髪に口づけた。
「――ん」
 それだけではもの足りなくて、顔を上げて唇へのキスをねだる。
「飲み過ぎだよ」
 諫めながらも、ノランは優しく応えてくれた。唇に触れる柔らかな感触が、今夜はとりわけ愛おしく感じられる。腕の中にある温もりが嬉しくて涙が溢れてきた。
「戻って来てくれて、ありがとう」
 すると、シンシアを抱きしめていたノランが、仕方なさそうに笑った。
「戻ってくるに決まってるだろ、泣くことなんて何もないよ」
「だって……」
 この三か月間は、軍人の妻になることがどういうことかを痛感させられた時間でもあったのだ。
 命令があれば彼は戦地へ赴く。しかし、それは死と隣り合わせの場所に行くということだ。
 ノランは無事でいるだろうか。病気になったりしていないだろうか。
 定期的に届く手紙に安堵と不安が募った。
 けれど、泣き言など書くわけにはいかない。寂しいと言えない代わりに、シンシアは明るい返事ばかりを書いた。
 ――私は毎日元気よ。昨日はカレンと舞台を観に行ったの。
 ――先日はお父様が遊びに来てくれたのよ。相変わらずで安心したわ。
 なぜノランが領地に落ち着きたいと言い出したのか、彼と離れて初めて理解できた。
「どこに行ったって、必ず戻ってくるよ。俺が君の側から離れられるわけないだろ?」
「うん……」
「だから、寂しいときはそう言えばいいんだ。から元気な手紙をもらう方が心配でたまらなくなる」
 シンシアの思惑など、ノランにはお見通しだったのだ。
「俺が居なくて寂しかった?」
「――うん。本当はすごく寂しかった」
 言うつもりのなかった弱音が、口をついて出た。ノランが居ない寂しさは何をしても埋まらなかった。
「お酒が入るとシンディは本当素直だよね。そんなに可愛いことを言ってると、みんなのところへ戻せなくなるよ。いいの?」
 シンシアがこの日をどれだけ待ち望んでいたかを知っているからこそ、ノランが劣情を抱きつつも自身に自制をかけてくれているのは、彼の言葉から伝わってきた。ノランの優しさが嬉しいのに、今夜はそれが少しだけ邪魔だと思った。
 なぜなら、シンシアも同じくらい身体が火照ってしまっていたからだ。
 まだ宴は終わっていない。
 けれど、今はどうしようもないくらいノランを感じたかった。
「――いいの」
 一心にノランを見つめた。
「ずっと好きで、ひどいことを言われても忘れられなかったくらい好きで、今もこれからもずっとあなたが好き」
 今なら、これまでのすべてがこの幸福な時間に繋がっていたのだと思える。
 目を見開くノランを食い入るようにして見た。彼の瞳の中にある劣情に、愛しい気持ちを訴えかける。
「だから、……もう待てない。今夜はいっぱい愛して――」
 次の瞬間には、深く口づけられていた。
「……ぅ、ん……ん」
 長椅子に押し倒され、レース刺繍のウェディングドレスの上から身体を弄られた。ノランがシンシアをイメージして作らせたドレスは肌の露出が少ない、清廉さが際立つものだ。神秘的ですらあるデザインに、これがノランの思うシンシアなのかと思うと、気恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
「今朝これを着たシンディを見たとき、目の前に天使が居るのかと思った。神秘的な君に目が眩みそうだった」
 布越しに乳房へ熱い息を吹きかけられた。
「……そ…んなの……私だって……」
 軍服姿で騎乗し、先頭を歩くノランの凜々しさに目を奪われたのはシンシアの方だ。
『ただいま、愛しい人』
 ノランは、シンシアを見つけるなり馬から下りると、跪いて手に口づけをくれた。
「……は……ぁ」
 手で乳房を持ち上げるようにされながら、なめ回される。布越しに感じる生暖かさがもたらす温い刺激が悩ましい。欲しいのはもっと強い快感だった。
「それ……嫌……、もっと……ちゃんと触って……」
 浅い息をしながらねだった刹那、乳房に噛みつかれた。
「ぃ――ッ、あぁっ!」
 ぴりっとした刺激に上半身が一瞬強ばる。ドレスをたくし上げられ、白いストッキングを穿いた脚にノランが口づけた。
 口づけられるたびに、ちりっとした痛みが走った。
「急かさなくても、いっぱい触ってあげるよ」
 苦しそうに喘ぎ、ノランが前を寛げた。下着をはぎ取られ、あらわになった秘部に、そそり立った欲望が押しつけられる。
「純白のドレスに隠した劣情を俺だけに見せて」
 蜜襞をこじ開けられると、すでに潤んでいた場所から微かな水音がたった。
 ノランが欲しくて期待に満ちあふれていた証に、頬が熱くなる。
「可愛いね」
 囁き、一息で根元まで埋め込まれた。
「――ッあ、あ……あ……ッ」
 片足を肩に担がれ、最奥ばかりを突かれる。三か月も放っておかれた身体に、それは過ぎる刺激だった。
「ひぁ……、や……待って……」
「できない相談だ……っ」
 すぐさま否定され、なおも奥を穿たれる。息の仕方も分からないほどの激しさにただただ翻弄される。それでも、ノランによって開かれた身体は、すぐに彼の形と熱に馴染んだ。
「……ゃ、あ……んん……」
 声に甘さが混じるようになると、隠微な蜜音が結合部分から聞こえ出した。ノランの硬い欲望で最奥まで満たされる充足感と、かりくびのごつごつとした部分で内壁を擦られながら抜かれる寂しさに、蠕動する内壁が彼を繋ぎ止めようと絡みつく。
「あ……あぁ……」
 そうして、亀頭まで抜かれたところで、また一気に奥まで満たされた。
「あ、あぁ――……」
「は……ぁ、気持ちいい……。シンディのここは、本当によく俺に懐く」
「だ……って、あなたのこと……好き……だから」
「うん。俺も愛してるよ……」
 繋がりながら、再び口づけをかわした。全身を余すところなくノランに満たされる幸福に、シンシアはうっとりと目を閉じた。


「――戻って来ないわね」
 二人が消えていったドアをチラリと見遣りながら、カレンがぼやいた。
「そりゃ、戻ってくるわけないだろうね。三か月だぞ? 俺なら戻さない」
「あなたの意見はどうでもいいの。それにしても、あのむっつりのしまらない顔なんて見られたものじゃなかったわね。ほぉんと、国王の特権まで利用してシンシアを手に入れるんだから、執念深いったらないわ。シンディの純粋さを利用してやりたい放題じゃない」
「デニソン家の男たちは、揃って一途なんだよ」
「ロマンスの伝道師が聞いて呆れるわ。あの執着を一途と言える思考も理解できない」
 カレンは隣に座るクライスを嫌そうに睨みつけるも、当の本人はけろりとしたものだった。
 胡散臭そうに眉をひそめれば、おもむろに顔を寄せてきた。
「だかさ、カレンもそろそろ俺の愛を受け入れてくれない?」
 不意打ちで唇を奪われた一秒後、カレンが繰り出した平手打ちの軽快な音が主役不在の会場に響いたのだった。

一覧へ戻る