ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

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竜王様はお怒りです

 竜王の都の北西、霧深い森の中に佇むカルディアの店に、珍しい客が訪れたのは冬が深まり始めた頃だった。
「オルテウス様大変です!! オルテウス様!!!!」
 雪のちらつく空を駆け、カルディアの店に飛び込んできたのはオルテウスのかつての重鎮――ハインである。
 カルディアは彼の来訪を喜んだが、相棒のオルテウスはもの凄く嫌そうな顔である。
「今日は閉店だ、帰れ」
「今日は薬を買いに来たわけではありません! 私は、大事な用事で来たのです!」
「お前のことだ、どうせまた厄介事でも持ち込む気だろう」
「厄介事……かもしれませんが、今回は彼女にも関わることです!」
 言いながら、ハインがカルディアに目を向けた途端、やる気がなさそうにカルディアにくっついていたオルテウスが、ひどく真面目な顔をする。
「カルディアにってどういうことだ」
「出たんですよ、カルディアさんの偽者が!」
「なるほど、そいつを殺そう」
 よく事情を聞きもせず、物騒なことを言い出すオルテウスにカルディアはぎょっとする。
「なんでそういう結論になるのよ」
「どこの馬の骨とも知れない女が、俺の可愛くて愛しいカルディアの名を騙っていると思うだけで虫唾が走るだろ」
 冗談だと思いたかったが、覗き込んだ赤い瞳は鋭いものに変わり始めている。どうやら彼は本気で激怒しているらしい。
「物騒なことはしちゃだめよ……! それよりまずは事情を聞きましょうよ、ね?」
 オルテウスを落ち着かせるために彼の頭をよしよしと撫でると、とりあえず彼は頷いた。
「でも事情によっては殺すからな」
「どんな事情でも殺すのは駄目だから……」
 それからカルディアは、オルテウスを落ち着かせつつ、ハインから話を聞くことにしたのだった。

***

(ここが、私の偽者のお店……みたいね)
 ハインから事情を聞いた数時間後、カルディアはオルテウスと共に久しぶりに王都へとやってきた。
 理由はもちろん、カルディアの偽者と会うためである。
 ハイン曰く、偽者はカルディアの名を騙り、都で商いをしているらしい。
 半年ほど前に現竜王を腐竜病から救ったことで、今やカルディアは有名人だ。彼女の薬を求める者も多く、時折街に出た時など人に取り囲まれることは珍しくない。
 とはいえ彼女が森の中に店を構えていることはまだそれほど広まっていないため、王都にいる偽者を本物だと信じてしまう者も多いらしい。
 正直、自分の名を騙られるくらいなら別に良いとカルディアは思っている。
 でも肝心の薬がまともかどうかを確認したい気持ちもあり、オルテウスと連れ立って偽者の店までやってきたのだ。
『ぐべぇ! ぐべっ、ぐべべべ!!』
 ちなみに、早く店に入ろうと言うように暴れているオルテウスは、竜の姿である。人の姿だと目立つし、いきなり店に殴り込んでいくのではと心配で、この姿になるよう頼み込んだのだ。
(でもこの姿でも大騒ぎしてると目立つわね……)
 ジタバタと暴れるオルテウスを腕に抱えながら、カルディアはいそいそと店の中に入った。


 商店街の裏路地にあるその店は、いかにも魔女が営んでいそうな暗くて不気味な店だった。
 魔女が魔法を使うには、かなりの集中力がいる。だからこうした暗くて静かな場所を家や商いの場にすることが多いのだ。
 とはいえここは少々暗すぎると思いながら奥へと進んだところで、カルディアはようやく店主と遭遇した。
「あら、珍しいお客さんね」
 薄明かりの下で薬瓶を陳列していたのは、傍らに白く美しい竜を従えたローブを纏った一人の魔女だった。
(す、凄い美人!!)
 あまりの美しさに息を呑んでいると、しっかりしろと言いたげにオルテウスがカルディアの頬をペシペシと叩く。おかげですぐさま我に返ったものの、動揺のあまりカルディアは棚の陰に隠れてしまう。
「どうしよう、あんな綺麗な人相手だと、自分が本物だって言いづらい……」
『ぐべべ、ぐべっ!』
 お前の方が美人だとオルテウスは言っている様な気がするが、竜の言葉なのでいまいちはっきりしない。
 そんなとき、偽者らしき魔女がカルディアの方へと近づいてきた。
「そんなに怯えなくていいわ。あなたが誰だかは、ちゃんとわかってるから」
 妖しく笑う笑顔に、カルディアは戦く。
 同時に、彼女はその笑みに既視感を覚えた。
「その顔は、私が誰だかも分かっているようね?」
 尋ねられ、そこでカルディアは幼い頃のことを思い出した。
「……レレナ……さんなの?」
 恐る恐る口にした名は、かつて魔女の里で暮らしていた頃、カルディアをいじめていた魔女の名だ。
 カルディアと同年代の中では飛び抜けて魔力が多く、それを笠に着てカルディアを笑いものにしていた筆頭である。
『ぐべっ!』
 そのことに、オルテウスも気づいたのだろう。
 途端に殺気を出し始めた相棒をがしっと腕の中に閉じ込めながら、カルディアは「まずは話を聞きましょう」と彼を宥めた。
「あなた、結局そのチンケな竜と番になったのね」
 厳密には番ではないが、その辺りの事情を話せばオルテウスの正体についても語らねばならなくなるため、カルディアはひとまず頷いておく。
「そ、それよりあの、実はこの店について聞きたいことがあって……」
「ああ、どうせあんたの名前を騙ってると、勘違いしてきたんでしょ?」
「勘違い……なんですか?」
「まあ騙っているのは事実だけど、別に好きで使ってるわけじゃないわ」
 むしろうんざりだという顔で、レレナは肩をすくめる。
「私がここで薬屋を開いたら、勝手に『カルディアの店だ!』って勘違いした奴らが現れるのよ。どうやら誰かが、カルディアって魔女は誰よりも美しくて可憐な魔女だって噂を広めてるらしくて」
 確かにそんな話を聞いたあと、レレナの美しさを見たら勘違いする気持ちも分かる。
「否定するのも面倒だしそのままにしていたら、私がカルディアってことになっちゃったのよ」
「な、なるほど。なら、仕方ないですね……」
 腕の中で『納得するな』とオルテウスが暴れたが、仕方ないと思ってるのはカルディアの本心である。
「そうよ。私も被害者なのよ被害者。それに、よりにもよってあんたと間違われてるなんて最悪よ」
 機嫌が悪くなっていくレレナを見て、カルディアは本気で謝罪しようとする。
「ってことで、慰謝料ね」
 だが次の瞬間、レレナが口にした言葉にカルディアは驚き謝罪の言葉は吹き飛んでしまった。
「い、慰謝料?」
「迷惑料とも言うわね。それを払って」
「私がですか!?」
「そうよ。お金か、それかあんたの薬のレシピでもいいわ」
 レレナがニヤリと笑った瞬間、それまで静かにしていた彼女の白い竜が威嚇するようにカルディアに牙を剥く。
「あとそうね、ついでにあなたの名前も貰っちゃおうかしら」
「えっ、でも迷惑だって……」
「迷惑よ。でもなぜか儲かるのよ『カルディア』って名乗るだけで」
 そう言ってカルディアを見つめる眼差しが、子供の頃によく見た底意地の悪いものに重なっていく。
 当時と違いそれを恐れたりはしないけれど、あまりにあからさまな悪意を向けられるとさすがに驚いてしまう。
「ほ、本気……なんですか?」
「ええ。さもないと、私の竜があなたを痛い目に遭わせるわよ?」
「いや、あの、それは無理かと……」
 腕の中でジタバタとあがいているオルテウスを見下ろしながら、カルディアはつぶやく。
 そんな彼女の様子を見て、レレナが馬鹿にしたように笑った。
「まさか、そのちびで不格好な竜が、私の竜に勝てると思ってるの?」
 レレナの言葉を聞いた途端、オルテウスの雰囲気が冷え冷えとしたものに変わる。
(あ、まずい……)
 カルディアは更に冷や汗をかいたが、レレナの言葉は止まらない。
「なんだったら、ハンデとしてうちの子に人の姿になってもらう? ……いやだめね、それでもどうせ叶いっこないわ。どうせあんたの竜は、人になってもちびで不格好で弱々でしょ?」
 散々挑発したあげく、レレナは高笑いまではじめる。
 散々暴れていたオルテウスが、不自然に動きを止めた。
(こ、これは絶対怒ってる……! 本気で怒ってる……!)
「お、オル……手加減……手加減だけは忘れないで……!」
 もはや止められないと悟ったカルディアは、小さな竜に言い聞かせる。
 その直後、轟音が響き、暗かった世界に光が差しこんだ。
「おい、誰がちびで不格好で弱々だって?」
 いつの間にか、カルディアの前には人の姿のオルテウスが立っていた。
 同時に、急に光が溢れた理由に気づく。
(や、屋根が……風で吹き飛ばされてる……)
 十中八九、やったのはオルテウスだろう。
「お前にはカルディアが散々世話になったからな、今日はその礼をしてやる」
 鋭利な笑顔を貼り付け、オルテウスが啖呵を切る。
 その姿を見て、レレナは信じられないという顔で固まっていた。
(うん、その気持ち……わかるな……)
 自分も最初は同じような反応をしたなと、カルディアは彼と番の儀式をしたときのことを懐かしく思い出す。
 そうこうしている間に店内の棚や壁も見えない力によって吹き飛び、もはや戦う前からレレナの竜は地に伏せ震えている。
 多分彼女の竜は、オルテウスに敵わないことを本能で感じ取っているのだろう。
「オル、やり過ぎは絶対に駄目だからね」
 そう言いつつも、レレナの性根が相も変わらず腐っていると分かった今は、多少のお灸をすえてやることも必要だろうとカルディアも考えていた。
(店に置いてある薬も何だか変なものばかりだし、全部壊してもらった方がいいかもな)
 名を騙るのはともかく、妙な薬を売って人に迷惑をかけるのは薬師として許せない。
「さあ、まずはそこの竜から細切れにしてやる」
 そんなカルディアの気持ちをくみ取ったように、オルテウスは嬉々とした顔で牙を剥いていた――。

***

「先日、王都の一角にある商店が消し飛ぶという事件が起きたのだが、心当たりはあるか?」
 そんな言葉と共に、驚くような客がカルディアの店にやってきたのは、オルテウスが偽者を懲らしめてから数日後のことである。
 そしてその客とは、ローブで顔を隠した現竜王ギリアムであった。
「知らねえなぁ」
「なんでも、『カルディア』という魔女を名乗るペテン師の店だったそうだが」
「そりゃあ消えて当然だろう。罰があたったんだよ罰が」
「その罰は、一体どんな神が与えたんだろうな」
「さあなぁ」
 などと話している二人の間で、カルディアは一人ハラハラと気を揉む。
「あ、あの……その件なら、実は……」
 と口をはさもうとしたが、オルテウスの腕によって阻まれる。
 彼の逞しい腕に閉じ込められ、余計なことを言うなとばかりにぎゅっとされてしまうと、もう何も言えはしない。
「まあいい、どのみち捕縛するつもりだった魔女だ。そいつが『恐ろしい竜に襲われた』と騎士団に駆け込んできてくれたのは、こちらにも都合がいい」
「なんだよ、ちゃんと捕まえるつもりだったのか」
「彼女は私の命の恩人でもある。その名を騙ると言うことは、私への冒涜にもなるからな」
「なるほど」
「だから今後は、似たような件が起きても何もするな」
 念を押すギリアムに、カルディアは慌てて「ありがとうございます」と腕の間から声をかける。
 それに小さく会釈したあと、ギリアムは「邪魔をした」と言うなりさっさと帰って行った。
 ろくなもてなしも出来なかったことを申し訳なく思いつつも、彼にさほど咎められなかったことにカルディアは少しほっとした。
 多分彼は、同様の事件が起きても今後は自分たちに任せろと、それだけを伝えるために来たのだろう。
「怒られなくて良かったね」
「そもそも怒られることなんてしてねえだろ」
 したと思うのだが、多分言ってもオルテウスは理解しないに違いない。
(まあ、レレナが捕まったならそれはそれでいいけど……)
 ただ、カルディアには一つだけ解せぬことがある。
「ねえ、気になることがあるんだけど」
「なんだ?」
「レレナが言ってた『カルディアって魔女は誰よりも美しくて可憐な魔女だ』って噂、誰が広めたんだろうね?」
「誰だろうなぁ」
 にこにこ笑いながら、オルテウスが愛おしそうにカルディアに頬ずりする。
「……オル、何かしたでしょ?」
「してねえよ」
「目を見て言える」
「言える。俺はしてない」
「俺……は?」
「ただ、もしも……万が一、誰かにカルディアのことを尋ねられたら『カルディアって魔女は誰よりも美しくて可憐な魔女だ』って答えるようにギリアムとハインには言った」
「原因はそれじゃないの!」
 大声でツッコんではみたが、オルテウスが反省する様子はみじんもない。
「そもそも私、魔女じゃないし、綺麗じゃないし、可憐さなんてどこにも……」
「魔女って言っとけば、俺と一日中一緒にいても違和感ねえだろ? それに綺麗で可憐なのは事実だ。なんと言われようと事実だ」
 言うなり、オルテウスはカルディアを抱き上げ、彼女の唇をやさしく奪う。
「俺にとって、お前はこの世で一番美しい魔女だからな。レレナのヤツが名を騙ったと知ったときは、本気で腹が立った」
「レレナさんの方が美人なのに……」
「本気でそう思ってるなら、お前の方がどれだけ美人かを教え込む必要があるな」
 言葉を重ねながら、オルテウスの顔に悪巧みをしているかのような笑みが浮かぶ。
 それを見たカルディアは失言をしたと気づいたがもう遅い。
 撤回する間もなく声も言葉もオルテウスの唇に奪われてしまう。
 そしてカルディアは、その後一日かけて、腰が砕けるほど甘い言葉と方法で、自分の魅力について教え込まれることになるのだった――。

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