ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

イエンナと主人の愉快な仲間たち

 皆様、こんにちは。
 レーア様のお世話をさせていただいております、イエンナです。
 本日は皆様に、この間参加した催事についてお話ししようと思います。
 とても衝撃的な内容だったので、誰かに話したくて仕方がないのです。
 あれは、数日前の出来事でございました……。

     * * *

 イエンナは、朝起きてすぐに、今日着ていく服の確認をした。
 と言っても、いつも通りの使用人服だ。
 主人であるエイナルが新調してくれた使用人服は、着心地が良くて動きやすいのでとても気に入っている。しかも、以前勤めていたニーグレーン伯爵家の使用人服よりも可愛らしいデザインなのだ。
 裾にさりげなくフリルが入っているし、襟は少し大きめで、リボンという乙女心をくすぐるアイテムまで備わっている。イエンナには太くて長いリボン、セニヤには細くて短いリボンというこだわりようだ。
 それを、夏用と冬用で何着も用意してくれたエイナルは太っ腹としか言いようがない。
 ついでに言うと、使用人部屋も随分立派なものを用意してくれた。使用人が使うものまで金に糸目をつけずに高価なものを用意してくれたエイナルのことを、最高の主人だと思っている。
 庭師見習いのシーグを、無口で無愛想で近寄りがたいと言っていた過去を消し去りたい。しかもエイナルは、あの有名なブレンドレル家の次男だったのだ。そんな人を『無口なのが惜しい』なんて評していた自分を殴りたい。
 レーアが隣国の侯爵に売られた時は絶望的な気持ちだったが、今は充実した毎日を送っている。それもすべてエイナルのおかげなのだ。
 そんな素敵な男性を射止めたレーアは最高に素晴らしい女性だと、改めて実感しているイエンナである。
「粗相のないようにしないと……!」
 大きな独り言は、使用人用にしては広い部屋の中でわずかに反響してすぐに消えた。
 以前はセニヤと二人部屋だったけれど、今は贅沢な一人部屋である。正直に言うと少し寂しいが、気を遣わなくて良いのはなかなか快適でもあった。
 なぜイエンナがこんなに緊張しているのかと言うと、今日はセーデシュテーン家におよばれしているレーアについていくからだ。
 セーデシュテーン家には、ブレンドレル家の美形三きょうだいのうちの一人であり、エイナルの妹でもあるアネッテがいるのだ。
 エイナルはもちろん美形ではあるのだが、噂ほど派手ではない。けれど、ブレンドレル家の長男と長女は本当に派手な美形らしい。
 やっと本物を目にする機会が訪れたということで、イエンナは催事の話を聞いた時から興奮して落ち着かなかった。
 レーアは、イエンナだけでなくセニヤとラッシも誘ったのだが、二人はなぜか辞退した。後で理由を聞いたら、年を取るとそういう場にいるだけで疲れてしまうのだそうだ。若い人たちで楽しんできてと言われ、イエンナはお土産話を期待するようにと返した。
 彼らが喜ぶお土産話ができるように、イエンナはこの目に噂の美貌を焼きつける気満々である。
 そんな意気込みを胸に、イエンナはレーアと一緒にセーデシュテーン家へと赴いた。外出する時はいつもレーアと一緒のエイナルはなぜかすでに出かけた後だったが、それは催事の準備のためだとレーアが言っていた。
 庭の広さはエイナルの家ほどではないが、屋敷はとても広いセーデシュテーン家に到着し、ホールに通されたと同時に、イエンナは眩しさに目を細めた。
 華美、という言葉がぴったりの美女が階段を下りてきたのだ。
 遠目でも神々しいほどに美しいのが分かるというのが恐ろしい。あんなに美しい人がこの世に存在するのだと、イエンナはこの日初めて知った。
「レーア様! も、も、もしかしてあの方ですか……っ⁉」
 小声でレーアに尋ねると、彼女は可愛らしい笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。あの方が、イエンナが会いたがっていたアネッテ様です」
 噂ではいろいろと聞いていたが、まさかこれほどの美貌だとは思っていなかった。直視することを恐ろしく感じて、イエンナは失礼にならない程度に薄目になり、少しだけ俯き加減になる。
「レーア、よく来てくれたわね!」
 近づいて来たアネッテははしゃいだ声でそう言うと、レーアに勢いよく抱き着いた。
 見た目は凛とした印象だったが、笑うと少女のような女性だ。
「本日はお招きいただきありがとうございます。アネッテ様のご厚意に甘えて、使用人のイエンナもつれてきました」
 レーアはアネッテと再会を喜び合った後、イエンナを紹介してくれた。
「よろしくお願いいたします」
 使用人としての距離感を保ちながら、イエンナはぎくしゃくと淑女の礼をする。するとアネッテはにっこりと微笑んで頷いた。
「その使用人服、私がデザインを考えたのよ。やっぱり可愛いわ」
 お気に入りの使用人服に、そんな経緯があったとは。とても嬉しいけれど、恐れ多いような気分になった。
 アネッテの視線が自分に向いていると分かるだけで、滝のように汗が流れ落ちる気がした。

「レーア様、私、きちんと挨拶できていましたか? 緊張し過ぎて頭が真っ白になってしまいました。失礼はありませんでしたか?」
 大広間に移動している間に、イエンナはこっそりとレーアに話しかけた。
 本当はそんなことをしてはいけないのだが、ちょうどアネッテがこの屋敷の使用人と話している時だったので、どうしても確認しておきたいと慌てて行動に移したのだ。
「大丈夫ですよ。いつものイエンナでした」
 穏やかな笑顔でレーアは答えてくれたが、それはどういう意味なのだろう。
 でも、まあ、レーアが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろうとイエンナはほっと息を吐いた。
 レーアの使用人として、彼女に恥をかかせていないらしいことに安心したのだ。
 大広間に入ると、レーアとアネッテが豪華なソファーに座り、イエンナはレーアの傍に控えた。
「心の準備はいい?」
 アネッテが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「はい! わくわくし過ぎて、昨晩はあまり眠れませんでした」
 レーアは寝不足と言いながらも、期待に満ちた顔でアネッテを見た。二人が頷き合う姿は本当の姉妹のようでとても微笑ましい。
 これから何が始まるのか、イエンナは聞いていない。
 とにかく、とても楽しいことが起きるらしい。
「みんな別々に個室で準備をしていたから、お互いがどんな格好をしているか分からないはずよ。それじゃあ、早速お披露目してもらいましょう」
 アネッテが手を叩くと、使用人が静かに扉を開けた。
 そこから誰かがしずしずと大広間に入って来る。
「ヴィクトリアです」
 そう名乗ったのは、背が高く、肩幅のしっかりとした迫力のある美女だ。くっきり二重でまつ毛がバサバサなのが羨ましい。だが、声が太い。明らかに男性である。
 襟ぐりが大きく開いた派手なドレスを着ていて、胸元をこれでもかと言うほど強調している。胸にたくさんの詰め物をしているようだった。コルセットでどれほど締め上げているのか、腰がきゅっと括れている。ナイスバディだ。
 レーアが、『あの方はエイナルの上司で、ヴィー様とおっしゃるのです』と小声で教えてくれた。
 エイナルは第二王子の直属の部下であるとは聞いているが、その部隊の上司ということなのだろう。
 次に室内に入って来たのは、露出が少ない上品なドレスに身を包んだほっそりとした人物だった。
 なんとなくアネッテに似ているけれども、活発そうなアネッテと比べると、陰のある印象の美女だ。未亡人のような色気がある。
 意外と、こういう女性のほうが男性を手玉に取るのがうまいのだ。
「エリーです」
 声も美しいので、こちらはきっと本物の女性なのだろう。
 イエンナがほうっと見惚れていると、大柄のヴィーがその美女の肩をがっと掴んだ。
「おい、ずるいぞ、エイナル! 声色まで変えられるなんて聞いてない!」
 その言葉に、イエンナは大きく目を見開いた。
 なんと、目の前の陰のある美女はエイナルだったらしい。
「特技だ」
 エイナルは、高く美しい声のまま答える。するとヴィーは、胡乱な視線を彼に向けた。
「初耳なんだが?」
「ヴィーに知られると、余計な任務まで回ってきそうだったから黙っていた」
「くそ! どう見ても俺のほうが美人なのに、声で負けた!」
 本気でくやしがるヴィーに、エイナルはさらりと告げる。
「レーアのために本気を出した」
 それを聞いて、この美女がエイナルなのだと確信した。
 顔も声も女性だが、レーアのためにここまでするのがエイナルなのだ。レーアが喜ぶと思って、という理由で広大な庭園まで造ってしまう人なのだから。
 それに、いきなり入って来た美女たちに夢中になっていて気づかなかったが、エイナルのことを見つめるレーアの瞳が見たこともないほどキラキラとしていた。
 レーアがこんな瞳を向けるのは、エイナル以外あり得ない。
 長年レーアのことを見てきたイエンナだから分かる。彼女は、エイナル以外にこんなにうっとりとした視線は向けないのである。
 エイナルに見惚れているレーアの隣で、アネッテが真剣な表情で何やらぶつぶつと呟いているのが目に入ったイエンナは、いけないと思いつつもつい聞き耳を立ててしまった。
「私も、もっと美と色気を磨かないとエイナルに負けちゃうわ……」
 聞き取れたのは、そんな恐ろしい言葉だった。
 それ以上、何の美を磨くというのだろうか。発光して周りの人間の目潰しでもしたいというのか。
「最後は、イエレミアス兄さまね」
 気を取り直した様子でアネッテがそう言うと、またしても美女(?)が大広間に足を踏み入れた。
「………………」
 みんな、無言だった。
 イエレミアス兄さま、とアネッテは言った。ということは、目の前にいるのはブレンドレル家の長男である。
 派手な美形……ではある。顔だけ見れば、アネッテとはまた違った男らしい光り輝くほどの美形だ。薄目でなければ視線を向けられない。
 けれど、全身真っ黒の衣装で、とんがった帽子をかぶり、口から血を垂れ流した姿はどうにも異様であった。
 その場にいる全員は、ただ黙ってイエレミアスを見つめる。
「こういう趣旨ではなかったのか! 聞いた話と違う!」
 イエレミアスはエイナルとヴィーを見て、自分だけ何か違うことに気づいたらしい。慌てたようにアネッテに訴えた。
「私は、〝女装〟って言ったのよ。エイナル兄さまの女装姿を見たいという話しになって、面白そうだから自分もやるとヴィーが言い出した場に、イエレミアス兄さまも一緒にいたでしょう? それなのに、どうしてそうなったの? なんで血濡れの魔女?」
 呆れたようにイエレミアスを見るアネッテに、ヴィーもうんうんと頷いている。するとイエレミアスが眉を寄せた。
「女装と言えば魔女だと聞いたんだ。それに、仮装と言えば血濡れだと言われて……」
「誰に聞いたのよ……。少しは疑うことを覚えたら? イエレミアス兄さまの思い込みの激しさはいつになっても治らないわね……」
 アネッテが、はあ……と大きくため息を吐き出すと、イエレミアスははっとしたように目を大きく見開いてから、美しい顔を歪ませた。
「騙されたー‼」
 屋敷中に、イエレミアスの悲痛な叫びが響き渡った。その直後、勢いよく扉が開いて、茶色の髪を後ろに撫でつけた男が入って来た。
「騒がしいぞ! イエレミアス!」
 男がイエレミアスを叱ると、なぜかヴィーが慌てたようにスカートを両手で持ち上げた。
「ミカルが帰って来た! 怒られる! 逃げろ!」
 そう言うと同時に、ヴィーとイエレミアスは脱兎のごとく大広間を出て行った。
 逃げる彼らの後姿を目で追っていたミカルと呼ばれた男が、重いため息を吐き出し、「あの人たちは……」と疲れたように呟く声が、イエンナの耳にも届いたのだった。

    * * *

 ある意味、大変盛り上がった催事でありました。
 エイナル様も、ヴィー様も、タイプは違いましたが本当にお美しかったです。イエレミアス様は、仮装という意味では完璧でした。
 ミカル様はアネッテ様の旦那様で、上司であるヴィー様にいつも振り回されているそうです。そんな手のかかる上司の女装姿を見れば、ああいう反応になりますよね。心中お察しします。
 あの日のことを思い出すだけで幸せな気分になります。
 ブレンドレル家の三きょうだいは、噂通りの目も眩むほどの美形ではあるけれど、とても親しみやすい人たちだと分かりましたし、エイナル様の完璧な女装姿も堪能できましたし、レーア様もとても嬉しそうにしていました。
 レーア様が喜んでいれば、それだけで私も幸せな気分になれるのです。
 ヴィー様とイエレミアス様がどこかへ走り去ってしまった後、レーア様と女装姿のエイナル様がお二人でキャッキャッとはしゃいでいたのが実に微笑ましかったです。
 女装姿で屋敷に帰って来たエイナル様は、すぐにレーア様を抱き上げて寝室に籠られました。相変わらず仲睦まじいお二人です。
 きっと、この先何年経っても変わらず仲良しなのでしょう。
 催事の内容は、セニヤさんとラッシさんにはお話ししましたけれど、もちろん他の使用人には秘密にしましたよ。私も、話して良いことと悪いことの区別はつくのです。
 はあ……、今日も幸せな夢が見られそうです。
 皆様も良い夢を見てくださいね。では、おやすみなさいませ。

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