ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

氷の王子に嫁いだはずが、彼は私のストーカーでした

氷の王子に嫁いだはずが、彼は私のストーカーでした

著者:
蘇我空木
イラスト:
もんだば
発売日:
2023年12月05日
定価:
825円(10%税込)
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本当は触りたくてたまらない!

幼い頃こっそり将来を約束した王女ア―シェリアと隣国の王子エセルバート。十年後、待ちに待った婚姻の申し込みに喜び嫁ぐと、エセルバートは約束を忘れてしまったかのような塩対応で!? しかし初夜で彼の態度が一変! 「どうしてアーシェはこんなに可愛いのかな」と欲を滲ませた微笑みで愛を囁かれ、ア―シェリアは甘い刺激に翻弄されてしまう。だが、夢のような一夜が明けると、エセルバートはその溺愛ぶりを隠すように冷淡な態度に戻っていて――?

溺愛を隠す冷徹完璧王子×夫に近づきたい新妻、こじれた両片想いの行く末は!?

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登場人物紹介

ア―シェリア

ア―シェリア

武人が尊ばれる国の王女。隣国へ嫁ぐことで民に憐れまれているが、本人は“天使様”との再会を心待ちにしている。

エセルバート

エセルバート

知性を重んじる国の王子。国民性そのままにア―シェリアを軽蔑しているのかと思うほど冷たい態度だが……?

お試し読み

 遂に、この日が来てしまった──。
 アーシェリアは灯りの絞られた部屋で一人、ソファーに座って身を固くしている。これまで過ごしてきた客間とは明らかに部屋の雰囲気が異なっていた。
 本日、フーヴベルデ王国の王太子とグリッツェン王国の第一王女の婚儀が無事に執り行われた。グリッツェン側からの参列者はたった一人、アーシェリアの従兄にあたる外交を担当する大使だけだった。
 その彼がアーシェリアの付添人となり、山頂に建てられた教会で儀式は滞りなく進められた。最大の懸念事項だった誓いの言葉を淀みなく諳んじられたのは我ながら頑張った、と自負している。
 フーヴベルデには婚儀の後に披露パーティーを催す風習がない。代わりに高位貴族の謁見を受け、祝いの言葉を受けて顔見せをするのだという。その場でできる限り彼らの顔を憶えてください、と教育係の女官に言われていた。
 だが、早朝からの身支度と始終緊張していた婚儀の後にそんな気力も体力も残っていない。結局はほんの数名、特徴的な容姿をしている者が記憶の隅っこに引っ掛かっているだけだった。
 謁見を終え、ふらふらになりながらアーシェリアは王族専用の棟へと案内された。
 最上階である三階が国王夫妻の居住空間で、王太子夫妻は二階、そしてその他の王族が一階に部屋を割り当てられる、とエセルバートが王宮を案内してくれた時に言っていたのを思い出す。
 二階へ上がり、これから暮らす居室に少々緊張しながら足を踏み入れた。王太子妃のために用意された部屋の内装はアーシェリアの好みに驚くほどぴったりだった。しかもそれらはすべて、夫となったエセルバートが調えたというではないか。部屋の中をゆっくり見て回りたかったが、花嫁にそんな余裕などあるはずがない。
 すぐさま軽食をとって入浴し、侍女達に頭のてっぺんから足の先まで丹念に磨き上げられた。そして扉で仕切られた、続き間となっている夫婦の寝室へと案内された。
 赤々と燃える暖炉の前にはささやかな酒席が調えられている。初めて見る酒瓶が並んでいるので試してみようかという誘惑に駆られる。だが、これから重要な儀式を控えている身なのだ。酔っぱらうわけにはいかないし、それ以前にこの状態でお酒を飲んだら確実に眠ってしまうだろう。
 アーシェリアは仕方なく水差しを取り、目の前にあったグラスに半分ほど注いだ。
「わぁ……繊細で綺麗」
 ようやく人心地がつき、周囲を見回す余裕が出てきたらしい。これが先々代の王妃の故国のデザインなのかと天井の彫刻をじっくりと眺めた。ヌヴェールもまたフーヴベルデと同じく緑豊かな土地で、高名な学者や詩人を多く輩出している。
 そういえばヌヴェールにもアーシェリアと同年代の王女がいたはず。それにかつてからの友好国なのだから縁談が持ち込まれはしなかったのだろうか。それ以前にこれまでエセルバートに婚約者がいなかったのが不思議でならない。
 あれこれ考えてはみたものの、エセルバートとアーシェリアの婚姻は成立してしまったのだ。今更考えるだけ無駄だろうと溜息を零した。
「遅いなぁ……」
 エセルバートの私室はこの部屋を挟んでアーシェリアの私室の反対側にあり、初夜や房事の際のみこの場所で共に一夜を過ごすのだが、肝心の花婿は未だに姿を見せる気配がなかった。
 花嫁の方が準備に時間がかかるのが普通だと思っていたが、フーヴベルデでは違うのだろうか。それともなにか問題が起こった可能性も捨てきれない。
 もしかして、来たくないとか──?
 嫌な想像が脳裏をよぎり、アーシェリアはふるりと頭を振る。その拍子に緩く編んだ髪が胸元を軽く叩いた。
 ガウンの下に着ているのは、今夜のためだけに用意されたネグリジェ。薄いレースをいくつも重ね、ところどころに小さなクリスタルが散りばめられている。引っ掛けて破いてしまわないかひやひやしながら身に纏うと、手伝ってくれた侍女達はしきりに「お似合いです」と褒め称えてくれた。
 花婿の目を愉しませ、初夜を盛り上げる装いだというのに、見せる相手が来ないのであればなんの意味もない。一体いつまで待てばいいのだろう。もし来られない事情があるのなら日を改めてくれないだろうか。いよいよ限界を迎え、アーシェリアはソファーに深く身を預けた。
 重くなってきた瞼を持ち上げようと頑張ったものの、視界が闇に染まると同時に意識が深い場所へと沈んでいった。
 王太子の部屋へ続く扉が細く開かれ、様子を窺われているなど、眠りに落ちたアーシェリアは知るよしもなかった。

 身体が浮き上がるような感覚にアーシェリアは目を覚ました。ぼやけてはいるものの、目に映る景色がゆっくりと動いているのがわかる。
(私……運ばれてる……?)
 鼻先をかすめる甘い香り、そして慣れない浮遊感に戸惑っているうちにぽすんと背中から柔らかな場所へと着地した。
「…………あ」
 吐息交じりの声を上げたアーシェリアの頰を金の髪が撫でる。こちらを見下ろす眼差しに気付いた瞬間、切れ長の瞳が細められた。
「アーシェ……」
 薄めの形のいい唇から紡がれるのは、砂糖菓子を連想させるような甘く柔らかな声。愛称を呼ばれ、心臓がどくりと大きく跳ねた。
 これまで冷ややかで怒ったような顔しか見せてくれなかったエセルバートが優しく微笑みかけている。まるで愛おしいものに触れるかのような手付きで頰を撫でられ、目尻にじわりと熱いものが浮かんできた。
「エセルバートで……んっ」
 名を呼ぼうとした唇が柔らかなもので塞がれる。至近距離で金の睫毛が伏せられ、男性とは思えないほどの長さに目を奪われた。
 キス──されてる。
 遅ればせながら、アーシェリアはようやく己の身に起こっていることに気が付いた。フーヴベルデ式の婚儀に誓いのキスはなく、腕輪をお互いに着けるだけ。そして、婚姻証明書にサインをすることで夫婦として認められるのだ。
 まだグリッツェンにいた頃にこの婚儀の流れを教わった際、ロマンチックさに欠けるとがっかりした。だが、二人きりの空間ですべてが「初めて」なのも悪くない。二人きりになれたら思い出話でもできればいいな、と考えていたのを思い出して涙が出そうになった。
 強く押し付けられていた唇が離れて今度はちゅっと吸い付かれた。息継ぎをするタイミングを失い、空気を求めて薄く開くと、隙間からぬるりとしたものと共に液体が入り込んでくる。
「ふぁっ……ん、ん……っ」
 酒精の気配を感じ、ようやく甘い匂いの正体に気付いた。これはフーヴベルデで婚礼の席で供される薬草酒。甘い飲み口とは裏腹にとても強い酒なので気を付けるように、と教えられたのを憶えている。
 アーシェリアはほんの少し飲んだだけでお腹がポカポカしてきたので、これ以上は危険だと止めてしまった。だが、エセルバートはこんなに匂いが残るほど飲んだのであれば、もしかして酔っているのかもしれない。
 流し込まれた酒の残滓が喉を焼き、アーシェリアの身体に小さな火を灯した。反射的に伸ばした腕で彼の肩を押したのは、突如として深い口付けを与えられたせい。だが、その腕は、指を搦めるようにして繫がれた手によってあえなくシーツへと押し付けられた。
「で、ん……か…………」
 ようやく解放された唇は何度も吸い付かれて熱を持っている。じんじんと痺れる感覚のせいでうまく動かせない。それでも必死に紡いだ呼びかけはひどくたどたどしく聞こえた。
「アーシェ……可愛い」
「あっ、んんん……っ!」
 幼子のような口調に、目元に朱を刷いた美貌がふにゃりと蕩ける。アーシェリアの口端から零れ落ちたものを舐め取った舌先がそのまま首筋へと滑り落とされた。
 ぬるぬるとした感触に嫌悪感ではなく疼きを覚えてしまうのはどうしてなのか、アーシェリア自身にもわからない。ただ一つだけ言えるのは、ずっと恋焦がれていた相手でなければこんなふうにはならないはずということ。
 婚儀に臨んだエセルバートは相変わらず冷ややかな態度だった。いや、いつも以上に険しい顔をしていたのはきっと気のせいではない。それでも今日をもって正式に夫婦となったのだ。話す機会も増えるだろうし、政略結婚でも少しずつ距離を縮めていけばいい。
 そんな決意を胸に初夜を迎えたというのに、この展開はあまりにも予想外すぎた。
 普段、本当の意味で二人きりになれる機会はそう多くない。だからこそ、これまでは口にできなかった十年前の話をしようと考えていた。それなのに、用意しておいた質問や話題など遥か彼方に吹っ飛んでしまい、アーシェリアはただ夫から与えられる刺激に翻弄されるばかりだった。

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