引きこもり侯爵のメイド花嫁
- 著者:
- 秋野真珠
- イラスト:
- 芦原モカ
- 発売日:
- 2020年11月04日
- 定価:
- 770円(10%税込)
もっと構って、俺を見て!
思いがけず、辺境の侯爵邸でメイドとして働くことになったアイラ。屋敷の主人は、顔が見えないほど伸び放題の髪に、貴族らしからぬラフな格好をした、変わり者の若き侯爵ルーカスだった。普段は領地に引きこもり、社交界にも顔を出さない彼。人嫌いで誰とも結婚するつもりはないと渋っていたが、アイラに気づいた途端、態度が一変! 突然、結婚するとまで言い出して――!? 戸惑うアイラをよそに結婚話は強引に進み、初夜を迎えることになるのだが……?
人嫌いの変わり者侯爵×世話焼き没落令嬢、身代わり花嫁の溺愛新婚生活!
アイラ
人の世話や家事が好きでメイドの仕事にやりがいを感じている。思いがけず、ルーカスと結婚することになるが……。
ルーカス
国境を守る騎士団の団長で若き侯爵。人嫌いで、王都など人の多い場所を特に嫌う。熊の毛皮(頭付き)がお気に入り。
「冷静になんて、なるな」
「──えっ」
「サフィ、好きだ」
「────」
まるで自分がそう言われたように嬉しそうに笑うルーカスは、子供のようだった。
小さなルーも、アイラのそばではよく笑っていた。
楽しいことは共有したいと、いろいろなことを教えてくれた。
アイラも、ルーのそばにいるのがとても好きだった。
──その顔は、反則だわ。
そう思ったが、アイラが口にしたのは別のことだった。
「……もう、二度と」
「うん?」
「勝手に、突然、いなくならないで」
ルーカスはご褒美をもらった子供のように、さらに嬉しそうな顔をした。
「約束する。俺は、サフィのそばにずっといる」
伸ばされた腕に抗うことなく、アイラは抱きしめられた。
ぎゅう、と力を入れられることが嬉しくて、いつの間にか逞しくなった身体に、自分も手を回した。
温もりを感じながら、アイラはそのままベッドに倒れ込んだ。抱きしめるルーカスの心地よい重みを感じて、知らず自分の口角が上がっているのに気づく。
「サフィ」
ルーカスがアイラの頬に自分の頬をすり寄せる。せっかくまとめていた髪に手を入れてくしゃくしゃにして乱し、露わになった肩を撫で、腰の細さを確かめるように手でなぞった。
「ん……」
くすぐったくて思わず声が出てしまったが、ルーカスの手が背中を這ったところでふいに止まる。
「……これ、どうなってるんだ?」
問われて、アイラは今着ているドレスの構造を思い出す。
彼の肩を少し押すと、ルーカスはアイラも一緒に引き上げてベッドに座る。アイラはそのままルーカスに背を向けた。
「この背中のクルミ釦を外さないと脱げないの」
そのクルミ釦は、背中から腰の下まで続いていた。
それを取ると、身体をぎゅうぎゅうに締め付けているコルセットが出てくる。
「こんな面倒くさいもの、どうやって着たんだ?」
ルーカスは大きな手で、ちまちまと釦を外しているようだ。
その仕草に思わず笑みが零れる。
「着せてもらったの。ひとりじゃドレスなんて着られないわ」
「じゃあこれからは脱ぐ時は俺が手伝う」
「いつものお仕着せが一番楽なんだけど……」
ルーカスの不埒な言葉を聞かなかったことにしつつ、徐々に楽になっていく身体にほっと息を吐く。
ドレスを脱ぐと、次いでコルセットも外され、シュミーズ一枚の頼りない格好に恥ずかしさが込み上げる。
「サフィ」
またくるりと正面を向かされて、名前を呼ばれた。
昔の愛称でアイラを呼ぶのは、もうルーカスしかいない。
彼は、大事な宝物のようにアイラを呼ぶ。
「ルー」
アイラが視線を上げると、ルーカスの黒く輝いた瞳とぶつかり、唇が塞がれた。
唇って、柔らかいんだな、と思うくらいゆっくりと、しっとりと、ルーカスの唇がアイラに重なる。彼は顔の向きを変えて自分の口を開き、アイラを食べるかのように口づけを繰り返した。
「ん……っ」
その熱さに戸惑い、少し身を退いたものの、ルーカスの手に捕まってしまう。
頬を両手で包み込まれ、しっかりと唇を塞がれた。そのまま逃がさないとばかりに、背中に手が回り抱き寄せられる。
片手がアイラの胸に移動した時、「あ、」と声が上がって身体がびくりと震える。思わず顎を引いてしまうが、ルーカスはそれを許さなかった。
「サフィ」
もう一度、と言うように名前を呼び、真上を向くほど顔を仰のかされて上から唇を押し付けられる。背中を引き寄せられ、彼の自由な手によってアイラの胸は柔らかさを確かめるように形を変えられていた。
肩紐が外れていたシュミーズは、するりと落ちて腰のあたりでまとまっている。
ルーカスの手が、直接肌に触れてくる。胸も肩も腕も、腰も背中もなぞるように触れられて、確かめられる。肌が震えて、身体の奥がじわりと濡れた気がした。
気がした、ではない。
確かに濡れているのだろう。
アイラは自分のあまりのはしたなさに頬が熱くなってくる。大人しくキスを受け続けることが難しかった。
「ん、ん、る、ぅ」
「サフィ?」
そっとルーカスを押し返すように肩に手を置き、ようやく口を解放してもらう。真っ赤になった顔を見られることが恥ずかしくて手で覆いながら、身体を隠すようにしてルーカスにすり寄る。
「は……恥ずかしくないの?」
「何が?」
意味がわからない、というふうに訊き返されて、アイラはやっぱりルーカスは自分とは違う生き物だと実感する。
「見るのが? 触るのが?」
「……どっちも」
アイラの答えに、ルーカスは平然と答えた。
「別に恥ずかしくはないな。俺はサフィを見たいし、サフィにも見てもらいたい。触りたいし、触ってほしい」
「そんな……」
「サフィは俺のものだし、俺もサフィのものだから。そういうものだろう?」
顔が熱かった。
身体も熱かった。
なんてことを言うのだろう、とアイラはルーカスを憎らしくも思った。
アイラは今、混乱し、困惑し、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうで、心が一時も落ち着かない。でもこれをどうにかできるのは、ルーカスだけなのだということはちゃんとどこかでわかっていた。
しかし、それを知られてしまうのが悔しいという気持ちもまだ残っていた。
アイラは顔を覆っていた手をゆっくり外し、目の前にあったルーカスの首筋にちゅ、と口づける。
そしてちらりと盗み見た。
「……どこまで触るの?」
「──全部」
「──えっ」
ルーカスはその瞬間、アイラをベッドに押し倒した。