堅物軍人王の悪女
- 著者:
- 最賀すみれ
- イラスト:
- 炎かりよ
- 発売日:
- 2026年01月08日
- 定価:
- 858円(10%税込)
君を抱き続ける理由は、同情ではない
国王ルネ九世が将軍アルトゥス率いる反乱軍に討たれた。寵愛を一身に受けていた王妃ミリセントは、老王の浪費と悪政の元凶として囚われる。アルトゥスは六年前ミリセントが王都へ向かう道中の警護をした騎士であり、彼女の忘れられない初恋の人だった。非難を浴びながらも裁判では無罪を主張し凛とした態度を崩さないミリセント。悪女と断じていたアルトゥスの中にも次第に無実の疑念が生じるが……。厳罰を覚悟したミリセントの「思い出をください」という願いに応え、二人は濃密な一夜を過ごし――。
国を簒奪した軍人王×冤罪で処刑される元王妃、結ばれざる運命に阻まれた愛の行方は……!?
ミリセント
十四歳で王妃となり軟禁状態で暮らしていた。たまに王宮で見かけるアルトゥスの姿が心の拠り所だったが……。
アルトゥス
反乱軍の旗頭として政変を起こし新国王に。公正かつ国に身を捧げる生き方で国民から絶大な信頼を得ている。
「やめてくれ! 君に落ち度など何ひとつなかった」
「いいえ。……ルネ陛下に気づかれてしまいました」
手をのばせばすぐ届く場所で向かい合い、間近で見つめられ、どうかしてしまったとしか思えない。
言ってはいけない。決して口に出してはいけない。言えば後に引けなくなる。言っては──。
自分への必死の制止を顧みず、ミリセントは震える声をもらした。
「……私が、あなたに恋をしていることを」
「────……」
アルトゥスが戸惑うように視線を揺らす。
(だからダメと言ったのに……。言わなければ気づかれなかったはずなのに……!)
こんなことをしたところで彼を困らせるだけ。彼が色恋に疎く、そういったものに価値を見出していない性格であるのは何となくわかる。
それでも伝えたい。ここにある想いを伝えないまま別れたくはない。そんな気持ちに負けてしまった。
彼はぽかんとしている。
こんな時だというのに──無防備な顔を見られてうれしいなどと感じてしまう。救いようがない。
軽挙を悔やみながら、ミリセントはぽつぽつと話した。
「十四歳だった私は、サヴィから王都に来るまで親切に気遣ってくださったあなたに恋をしました。だからたまに連れていかれる宮廷で、あなたの姿を見るだけでうれしかった。ひどく胸がときめいてしまったのです。ルネ陛下はそれがおもしろくなかったのでしょう」
「恋……」
「はい。実は今もとてもうれしいんです。こうして近くにいられること。二人で話せていること。お顔を見つめていられること。アルトゥス様が、怒りや軽蔑のない、まっさらな眼差しで私を見つめてくださっていること」
赤裸々な自分の気持ちをさらけ出すのは恥ずかしい。顔が熱い。ドキドキして、ふわふわしている。浮かれて、弾んで、心地よい気持ちだ。幸せすぎて泣きたくなる。
逆にアルトゥスは浮かない顔だった。
「その程度のこと……」
「私にとっては充分です」
何しろ今まではそれすら望めなかったのだから。
目の前に彼がいる。それだけでとびきり幸せだ。もしかしたらこれが最後かもしれない。
今この瞬間は、神様がくれた人生最大の贈り物かもしれない──そう感じている。
「私にそんな価値があるものか」
「とんでもない。あなたはこの国で最も値高い方ではありませんか」
だがミリセントが言葉を紡げば紡ぐほど、アルトゥスはつらそうな顔をする。やがて彼は片手で顔を隠し、うつむいてしまった。
「……何か私にできることはないか? その……君の恋とやらに報いるために、何ができる?」
「え……?」
顔を覆っていた手で髪をかきあげ、彼は途方に暮れたように訊ねてくる。
「私はこれまで戦や政治にかかずらってばかりで、恋情とはまったく縁がなかった。こういう時、どうすればいいのかわからないんだ。何か望みがあれば教えてくれ」
「望み……」
望みならある。口にするのもはばかられる類の。
(でも──)
今を逃せばもう一生機会はないかもしれない。アルトゥスと二人きりで会うのは、今夜が最後かもしれない。
そんな焦燥に背中を押される。
「……あります」
「なんだ」
「さ……裁判が終わって、どこかへ移される前に、あ、あ……あなたの……」
顔が燃えるように熱くなる。はしたないことを言おうとしている。でも言いたい。
ありったけの勇気をかき集め、振り絞る。
「一度でかまいません。わ、私に、……アルトゥス様の……」
心臓がばくばくと暴れ、声がかすれてしまう。恥ずかしさと緊張で涙がにじんでくる。それでも。
ミリセントはぎゅっと目をつぶる。
「ア、アルトゥス様の、思い出を、ください……!」
「────……」
言った──。完熟したリンゴのように赤い顔で、少しずつ目を開けて、目の前の相手を見る。と。
彼は驚いた顔でこちらを見つめていた。目が真ん丸である。そんな顔をさせるほど、はしたないことを言ってしまったのか。恥ずかしい。
頭の中が真っ白になっているミリセントに、静かな問いが返ってきた。
「……本気か?」
声もなく、こくこくとうなずく。冗談でこんなことを言えるはずがない。そのまましばらく硬直していると──やがて手が、感じたことのない体温に包み込まれる。
(あぁ……っ)
アルトゥスがミリセントの手を取ったのだ。大きな手が、ミリセントをそっと引っ張る。
見つめ合いながら、彼のほうへゆっくり引き寄せられる。
こめかみで脈がうるさく鳴るのを感じながら、ミリセントは彼の腕に身をゆだねた。硬い胸板に身体がふれ、頭がくらくらする。
アルトゥスが両腕をまわしてくる。大きな身体と体温を感じて、感情が昂るあまり涙がにじんだ。もちろんうれし涙だ。もう死んでもいい。いや、ダメだ。何が何でも今夜だけ生きのびたい。
空まわる思考に大混乱のミリセントを、彼はまだわずかに迷いが残る様子で軽く抱きしめてくる。重なった胸から、跳ねまわる鼓動が伝わってしまいそうだ。
「私も男だ。やぶさかではないが、……途中で止めることはできかねる」
胸から直接響いてくる声に、再びこくこくとうなずいた。
「後悔しないな?」
低く警告するような声に早くも背筋がぞくりと震える。ミリセントは喘ぐようにささやく。
「たったひとつの望みです……」
すると身を離したアルトゥスは、ミリセントの肩からゆっくりとショールを取り除いた。見つめ合ったまま寝台に横たえると、薄い夜着の裾から手を入れ、ややためらいの残る手つきでたくし上げてそれを脱がせてしまう。
(────……っ)
ほどなく一糸まとわぬ姿にされたミリセントを、彼は紺青色の瞳でじっと見下ろしていた。
部屋を照らすのは、少し離れた窓際に置かれた燭台の明かりのみ。ひどく薄暗いが、その分、鼻筋の通った秀麗な彼の顔が、宵闇に神秘的に浮かび上がる。
ミリセントは彼の目に生まれたままの姿を晒している事実を、夢のように感じていた。自分の身にこんなことが起こるなんて、とても現実とは思えない。
(貧相な身体と思われていなければいいけれど……)
そんな羞恥に頬が火照る。
アルトゥスは形の良いくちびるで、ミリセントの肌をたどり始めた。首、肩、腕、腋、胸……。羽根のように軽く、柔らかい感触が丁寧にふれてくる。初めはぎこちなかったそれは、少しずつ熱のこもったものになっていく。くすぐったい。同時に身体の他の部位を両手で艶めかしくまさぐられ、息が震えた。
「はぁ……っ」
彼の手で素肌をさわられるだけでも、興奮しすぎておののいてしまうのに。やがて、荒い息に上下する胸をくちびると手で優しく愛撫され、ますますたまらなくなる。さらにはつんと尖った先端を指先で柔らかく刺激され、ぞくぞくと痺れるような愉悦が全身に広がっていく。
「ん、……っ」
それは奇妙に甘く淫靡な、初めて知る感覚だった。異性にふれられるのが、こんなにも心地良いこととは。いや、相手が長年の想い人だからだろうか。
「アルトゥス様……」
